全染色体の異数性を対象とするNIPTの問題点について

最近、学会に認定されていないNIPT実施施設(いわゆる『無認可施設』)で検査を受けた結果、21番、18番、13番以外の染色体のトリソミー陽性との結果が出たという相談が、連続してありました。この場合、少し難しい問題があるのですが、こういう結果を受け取った人たちが、そのあたりの問題についてきちんと説明を受けることができているのか、心配になったので、どういう問題があるのかここに記載しておきたいと思います。

 染色体のトリソミーというと、通常は21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー、13トリソミーの3つが知られていて、学会認定施設が行っているNIPT検査も、この3つを対象としています。なぜこの3つなのか?それは、この3つだけが、実際に出生に至るトリソミーで、それ以外の番号の染色体トリソミーの場合は、流産になるからです。

 この3つのトリソミー以外のものは、生きて産まれてくることは通常ありませんので、検査の対象とする必要性は高くはないと考えることができます。ではなぜこれらのついて調べる検査があるのでしょうか。この問題については、一昨年の5月に以下の記事に記載していますので、お読みください。

某無認可クリニックの全染色体検査:わかってやってるんでしょうかねえ – FMC東京 院長室

 また、『無認可施設』がどんどん増えてきて、そのほとんどのところがこの検査を扱っており、ほとんどのところが、きちんとした説明をしていないと思われることも問題です。検査を受ける方は、よくわからないけどいろいろとわかったほうが良いと思って受けている方が大半なのではないでしょうか。昨年8月に出した以下の記事も参考にしてください。

全染色体は大丈夫?「ビショウケツ」の検査も受けた? – 非認定NIPT提供施設で全染色体の異数性や微細欠失症候群を扱っていることの問題点 その1 – FMC東京 院長室

 

 これらの記事をお読みいただけると、丁寧な説明なしにこれらの検査を扱って大丈夫なのかという疑念が芽生えるのではないかと思います。そして、実際にこの検査で陽性と判定された人はどうしているのでしょうか?

 『無認可施設』の中には、自分のところで羊水検査を行っているところもあれば、検査可能施設を紹介しているところもあります。また、ただ結果だけをメールで受け取って、かかりつけ医に相談するしかないケースや、どこに相談したら良いか分からなくなっているケースもあると思われます。私が懸念するのは、こういった場合に、あまり遺伝学に詳しくない産科医が普通に羊水検査を行なって、一般的に行われているG分染法でトリソミーがなかったら、「良かったね」で終わってしまっているケースがそれなりにあるのではないかということです。産科のお医者さんが遺伝学的知識に乏しいというようなことがあるのだろうか?と疑問に思う人もいるかもしれませんが、普通の産婦人科のお医者さんは、遺伝学の一般的なことは医学部で習っていますが、詳細な知識は学習していません。そこはやはり専門的な分野なのです。ところが、羊水検査を行うことに関しては、専門的な知識は必要としません。子宮内に針を進めて、羊水を引いてくる手技自体は、それほど難しいものではないのです(難しいものではないといっても、きちんとやれる医師と、あまりちゃんとしてるとは言えないようなやり方の医師がいますが)。

 羊水検査が可能な時期に子宮内に生きている胎児がいるような場合、普通は出てこないような染色体のトリソミーがありえるのか?NIPTの結果から考えられることは、以下のようなケースです。

1. その染色体のトリソミーがモザイクの状態で胎盤のみに存在している。

2. その染色体のトリソミーがモザイクの状態で胎児にも存在している。

3. その妊娠がもともとふたごで、トリソミーのある方は妊娠の早い段階で稽留流産になり、染色体正常な方のみが残って成長した。

 3 のような場合は、心配ありません。NIPTはvanishing twinのせいで偽陽性になったという結論になります。

 2 の場合は、難しい問題になります。上記昨年8月記事のリンクにその説明があります。この場合を想定して、検査方法の選択をしなければなりません。普段やっている染色体検査では、見落としが生じる可能性があるからですが、ちゃんとそれがわかっているお医者さんにつながっているでしょうか?

 もっと難しいのは、1 のケースです(厳密には2 も一部含みます)。胎盤にのみトリソミーがあって胎児にはないならば、胎児は正常ではないかというと、必ずしもそうではないのです。以下のような問題が生じる可能性があります。

1-1. 胎盤機能不全によって、胎児発育が阻害される。

1-2. トリソミーレスキューの結果、片親性ダイソミーになっている場合がある。この場合、染色体の番号によっては、胎児に何らかの症状が現れるものがある。

 1-2a. インプリント遺伝子の発現異常による疾患

 1-2b. 常染色体劣性遺伝病

胎盤モザイクは、必ずしもトリソミーレスキューの結果だけではなく、胎盤における細胞分裂の際の染色体の有糸分裂失敗の結果であることもあるので、染色体の番号によっては1-2 の問題が生じる可能性がすごく高いと考えなくても良いかもしれませんが、こうした可能性も頭に入れながら、どう情報提供して、後に続く検査をどのように選択していくのかをサポートできるかは、遺伝学的検査の扱いに精通している専門家でないと難しいと思います。

 私たちの施設では、実際に1-1. のケースが存在しました。胎児には染色体異常はありませんでしたが、残念ながら胎盤モザイクの結果、胎児は育たず、妊娠20週で死産となっています。

 また、他院で絨毛検査を受けてこのようなトリソミーが見つかり、羊水検査ではトリソミーがなかったので出産したところ、お子さんに知的障害があり、よく調べたところごく少しのモザイクが存在していることがわかったということが、私たちのところに検査に来られた妊娠の前の妊娠であったという方がおられました。このケースでは、モザイク比率がすごく少ないために羊水では見つからなかったのですが、実際にお子さんの血液で調べた結果のモザイク比率自体すごく少ない割合だったので、知的障害はそのトリソミーそのもののせいではなく、トリソミーではない細胞にもしかしたら片親性ダイソミーがあって、それによる症状ではないのかと考えたりもしています。このお子さんの染色体が実際にどうなのかについては、片親性ダイソミーを検出できる検査方法でないとわかりませんので、親がそれを希望しない限り検査は実現しませんが。1-2.のような状況を考えなければならないが、担当医はそこまで考えが至っていないと思われたケースです。

 このように、染色体のモザイクの問題は単純ではないのですが、全染色体の異数性を調べるNIPT検査を扱っている人たちは、こういう問題をわかってやっているとはとても思えません。むしろ全く対応する気がないと思われます。そういう施設が検査でお金儲けだけして、後の面倒は私たちが請け負わなければならない。それでもまだ、私たちのところに来られた方は良いのです。こういった様々な問題を知らない、気づかないまま、杜撰な対応に終わってしまっている恐れも十分にあるし、誰も面倒を見てくれず、検査を受けた人たちが背負わなければならなくなる状況が放置されているのは、大変な問題だと思います。そして、こういった問題に対して、厚生労働省や日本医学会、日本産科婦人科学会などは、何か策を講じることができるのでしょうか。

 いろいろと心配でなりません。