日本の妊婦は過剰に安静を強いられている!?

当院を受診される方や診療予約をされる方のほとんどが、普段は別の施設で妊婦健診を受けておられる方ですので、施設や医師によって、その診療方針や指導方法にはさまざまな違いがあるのだなあと感じます。そんな中で、全体的な傾向としてこういうことが良くあるけれど、それは正しいの?と感じることがいくつかあるので、そういった事柄について並べてみようと思います。

・切迫流産で自宅安静

もうこれ、本当に多くて困っているんです。安静に安静にって、どういう生活していれば良いんですか。「予約していたんですが、自宅安静と言われたので受診できません。」という連絡が一定数あります。いや、カンベンしてくださいよ、自宅で安静にしていなければならないから医療機関を受診できないなんて、そんなことあります?

当院を受診する時期(11週から13週)で、すでに胎児の心拍も確認できていて、子宮の中で動き回っているような状況で、自宅でじっとしていなければならないことなどないでしょう。こういうこと言われている人は多くの場合、ちょっとした出血をきっかけとして受診した結果こう指示されていて、“張り止めの薬”や“止血剤”の処方を受けていたりもします。わたしはこう言いたい、「それ、意味ある?」

このような場合、よほど特殊なケースでない限り流産などしませんし、流産するようなケースなら、そんな薬効きませんよ。ましてや、自宅で安静ってどうしろというの?日常生活はどうすればいいの?本当に安静に意味があるのなら、入院させてくださいよ。

当院の初期検査の予約を入れていたけれども自宅安静を指示されたという人、キャンセルしないでぜひ受診してください!お願いします。

・前置胎盤の疑いがある

これ言われて脅されている人、すごく多いんです。すごく多いということは、一見そう見えるけれども実はその心配はないというケースがすごく多いということです。

妊娠20週以前にこの判断をすることは容易ではありません。なぜなら、胎盤には厚みがあるために、内子宮口(子宮頸管の子宮腔側の端)を塞いでいるように見えることがあるからです。また、子宮がまだそれほど大きくないうちは、本来の内子宮口よりも内側の子宮体部の壁同士も接しているために、内子宮口の場所の判断を誤っている場合もあります。

よくよく観察していると、これは一見そう見えているけれどもおそらく大丈夫だなと判断できることが多くなってきます。そのためには常にそういう目で観察して判断力をつける必要がありますが。

これを言われて心配にさせられているだけならまだしも、これをもとに「できるだけ安静に」とか指導されていることも多いです。もう本当に産婦人科のお医者さんは安静が好きですね。

これに関連して、「でも、だんだん上に上がっていくことがあるから、そうなれば大丈夫。」という話をされることもあるようですが、それは違うでしょう。胎盤が移動することなどないと思いますよ。一見、そう見えているだけでしょう。

20週よりも前にこの指摘を受けている人は、それほど心配する必要はないというのがここでの結論です。もちろん、中にはこれは明らかに前置胎盤だなというケースもあるにはあります。多くの人に片っ端から前置胎盤のおそれを指摘する医師は、怪しいケースにはみんな注意喚起する方が慎重な立場だと考えているのかもしれませんが、ほんとうにその恐れがあるケースと、そうではないケースとの違いをもっとしっかりと判断できるようにすることで、いたずらに妊婦を不安にさせることを回避できると考えていただきたいです。

・頸管が短い

子宮頸管の短縮を指摘することが、ちょっとした流行のようになっているというと、言い過ぎでしょうか。

頸管の短縮について、きちんと評価しようと考えている医師はむしろこの評価に慎重な立場を取っていると思いますが、一定数存在している、なんとなく聞きかじった知識をもとに妊婦を指導しようとする医師に限って、短縮を指摘して、お得意の「安静」指導を行なっている傾向にあると感じています。

子宮頸管の短縮と早産との間に、有意な関連があることははっきりしていて、数多くのデータが示されてはいるんですが、あくまでもデータとして35週未満の早産がどの程度増えたという話はあるものの、だからどうすれば良いという予防戦略や治療戦略は定まっていないことが問題なんです。一般には、妊娠初期から中期の間には平均40mmほどの長さがある頸管が、妊娠32週以降には25mm〜30mmほどになるのが通常の長さと考えられていて、いろいろな研究結果がある中で現在世界的に受け入れられている一般的な基準としては、妊娠20週前後から30週ぐらいまでの頃に25mmよりも短い場合は要注意ってあたりではないかと思いますが、これ、どちらかというと医者が注意するための指標であって、妊婦さん自身にはどうしようもないことだと思います。

この計測を行う時期も諸説あるのですが、一番早いもので16週ごろから計測しているようです。それから、30mmを切った時点でも注意が必要という報告もあるようです。だからといって、例えば「30mm以上ないと普通ではない。」というわけではありません。このようなことを言われて、“安静”にしているように言われたり、“張り止め”が処方されたりするケースもあるようですが、それらの対処が有効という証拠もありません。

普通は30mm以上あるものだとか言われて、妊娠20週ごろからできるだけ家でじっとしていなさいとか言われたら、生活はどうなるのでしょうか。本人及び家族がいろいろなことを犠牲にして対処しなければならなくなるのですから、もっと明確な基準に基づくべきだと私は思います。

頸管の長さをいつ計測して、どのぐらいになったらどう対処するか、については現在進行形で調査が続けられている話題の一つです。まだ結論がはっきりしていない部分が多々あると認識しています。おそらく現時点では、20週前後に計測して、短縮している恐れがあるケースでは継続的に評価する方針を取るのが良いのではないかと思います。このような計測値には個人差がありますので、単純な数値だけで考えるのではなく、変化を捉えることも重要で、もし25mmよりも短いケースがあったならば、通常よりも診察の間隔を短縮して、経時的に変化を観察するしかないでしょう。その中で、何が原因で短縮しているのか、検査を行うことも必要だと思います。例えば、腟内の細菌の状態や頸管粘液を調べて炎症反応がないかを確認するなどです。原因が明確であれば、それに対する治療方針もはっきりします。そして、より短縮するようなら入院管理を検討すべきでしょう。安静を強いることは適切だとは思いませんし、“張り止め”の内服薬に至っては、「まだそんな薬使ってたの?」という感想しかありません。

時に、「薬を飲みながら安静にしていたら、次の健診の時に計測した結果また長くなっていたので、普通に生活できるようになった。」というような話を聞くことがあります。しかし、一度短縮した頸管が、また長くなるとは私にはどうしても思えません。妊娠が経過するとともに、胎児は成長し、羊水量も増え、子宮の内容量は増大していきます。これらを支えるべくしっかりした構造をしている頸管が、なんらかの問題があって軟化して短縮したはずです。妊娠は継続しているのに、そう簡単に元に戻るわけがないと直感的にわかりそうなものではないですか。このようなケースを耳にすると、その計測方法が適切なのか、正しく評価されているのか、疑問に感じざるを得ません。

 

本日の結論

医者は“安静”にしているように言うのが好きで、とりあえずそう言っておく傾向がある。

医者の立場としては、安静指示もせず、薬の処方も行わなかった場合に、たまたま良くない結果になった際に、「あの時何も言ってくれなかった。」とか、「薬も処方してもらえなかった。」と言われて非難されることを避けたいという心理が強く働いているのだと思われます。これに対して、薬を処方していたら、「残念ながら薬も万能ではない。」安静指示していたら、「安静が不十分だったか、それでも抑えきれない状態だった。」という言い訳が成り立ちます。要は、言い訳が成り立つことが優先されているのです。そのために、多くの時間や生活が犠牲になり、余計なコストが発生していても、それは仕方がないことと認識されているのでしょう。産科医療には特にそういう部分が多くあると感じています。

『医学の世界は日進月歩で進んではいるものの、現代の医学でわかっていること、対応できることはここまでである。』という事実を示し、現在進行形で解決に向けて研究が続けられてはいるが、現時点ではどうしようもないこともこれだけあるということを、しっかりと受け入れてもらえるように説明する必要があるでしょう。そう言った地道な作業を怠ってはいけないと思うのです。わかりやすい例でいうと、風邪には抗生物質は効果がないという事実が明らかなのに、受診者が満足しないなどの理由で抗生物質の処方を行うことと似たような話だと思います。