NIPT実施施設は増加傾向だが、出生前検査・診断の提供体制は順調に整いつつあるのか? その6

(前回より続く)

「気になる「中絶」→「中断」への言い換え」

 最後に、齋藤有紀子氏の論文の中に気になる記載があったので、これについて取り上げたいと思います。それは、以下の部分です。

医学会指針には「中絶」という言葉は出てこない。代わりに「さまざまな選択の尊重と支援体制の充実」という項目の中に、「妊娠の中断が選択される場合もある」・・・中略・・・また、「遺伝カウンセリングの内容」として、「妊娠中期における妊娠中断の処置には・・・中略・・・必要に応じて行うこと」と記載されており、出生前診断後に人工妊娠中絶が行われうることは実質的に前提となっている。

 私がすごく気になるのは、医学会指針に「中絶」という言葉が使われておらず、しかし中絶について言及する部分はあって、そこにはかならず「中絶」→「中断」への言い換えがあることです。

 この現象は、近年、産婦人科医同士の会話や産婦人科・周産期関連の学会の発表、抄録の文章など、いろいろなところで目にしたり耳にしたりするようになってきました。

 産婦人科医が、学会といったオフィシャルな場で、正しい用語としての「中絶」をつかわず、「妊娠中断」と言い換えていることが多いのです。その背景には、「中絶」という言葉に強いインパクトを感じ、できればもう少し柔らかい表現で伝えたいという気持ちがあるようですが、なんとなく「中絶」という直截的な表現がタブー視されているような雰囲気を感じます。

 私たちも、妊婦さんに説明する際には、はっきりと「中絶」という言い方をする時もあれば、少しやんわりと「妊娠継続を断念する」などと言った表現にしてみるなど、その場の状況に合わせた言い方をすることはあります。しかし、学会などのオフィシャルな場で変な言い換えをするようなことは避けるべきだと常々考えていました。そんな中、出生前検査についての日本医学会の指針というようなこの分野でも最高の権威と言っても過言ではない文書の中で、この言い換えがなされているのは、大きな問題だと感じます。なぜこのようなものになってしまったのでしょうか。

 この指針を策定する過程で文言を作る立場にいるような権威ある立場の先生が、このような表現をしてしまったのではないだろうかと私は勘繰っています。実際に産科婦人科学会の中でもこの分野の権威と目されているような立場の先生が、学術講演会の壇上で「妊娠の中断」というような表現をしておられたのを耳にしたこともあります。

真剣に「中絶」と向き合うべき

 権威ある先生までもがそういう言い方をするので、指導を受ける立場の若手医師などはみな追随してしまうのです。影響力のある立場の先生には、ぜひ真剣に中絶と向き合ってほしいと思うし、オフィシャルな場ではどういう言葉・表現を用いるべきか、心して臨んでほしいものです。

 そして、日本医師会の指針というような大事な文書に、このようなおかしな表現を残してしまわないように心がけていただきたいのです。出生前検査を扱う産婦人科医が、「中絶」という言葉すら堂々と口から発することができないようでは、検査を受けた結果中絶を選択する女性もさることながら、それ以前に検査を受けるという段階でさえ、妊婦さんが後ろめたさを感じるような状況は、改善されないでしょう。

 私は、女性が出生前検査を受けることも受けない選択も、産む選択も中絶する選択も、なんの後ろめたさを感じることもなく、堂々と選択できるようであってほしいし、それらの選択をサポートできるようでありたい。そして、妊婦や胎児と向き合う立場の医師には、そうあってほしいと望んでいるのです。

(了)