NIPT実施施設は増加傾向だが、出生前検査・診断の提供体制は順調に整いつつあるのか? その1

はじめに

 実は「年頭所感」が途中で頓挫してしまったのにはわけがあります。

 それは、記事を書くにあたって、改めて目を通していた資料を前に、いったいどう記事をまとめるべきか、頭を悩ませることになったからです。

 この3年ほどの間、新型コロナウイルスの流行の波の影響で、多くの専門家が一堂に会して議論するような学術集会は、オンライン開催に変わるなどの工夫が導入されながら、なんとか開催されてきました。私自身、開業医という立場であるために、万一自分が感染してしまった場合の代わりがいないということもあって、学会の現地参加は可能な限りさけ、オンライン参加を基本にしていました。そのせいもあって、見逃し・聞き逃したプログラムもいくつかあり、再度チェックしておいたほうが良さそうな企画を見直していました。

 私たちは、このブログの記事でも何度も書き記していたように、NIPTの実施に関してたいへん苦労させられ、ようやく2022年10月にこの検査を取り扱うことができるようになりました

 しかし、実際に開始してみると、まだまだ思ったように必要と思われる検査をきちんと扱うことができるようになっていない感じもしますし、その頃からこの検査を扱う施設が増加傾向にある中、実際には検査があまりうまく扱えていないような施設も多い印象がありました。その上、認証制度外で検査を扱っている医療機関やそのバックにいる会社に関しては、まったく何の制限も及ばないままの状態が続いていることについても、苛立ちを覚えていました。なぜこの国では、出生前検査の体制づくりがうまくいかないのだろうかという疑問を持ち続けていました。

第58回日本周産期・新生児医学会学術集会のシンポジウム8「NIPTの現状と今後」の登壇メンバーを見て

 そんな中で、今回目を通しておくべきだと思ったのは、2022年7月に横浜で開催された、第58回日本周産期・新生児医学会学術集会の中で企画されたシンポジウム8「NIPTの現状と今後」に登壇された先生方の発表内容を論文の形にまとめたものでした。このときの登壇者は以下のようなメンバーでした。

 実はこの企画、その抄録に目を通した時に、積極的に参加する気があまり起きなくなっていたのでした。当時私は、自施設がようやく検査を実施できる状況にたどり着いて申請書を提出し、審査結果を待っている段階で、このシンポジウムに登壇している人たちの中の多くは、いわば私たちがこの検査を実施できないままの状態に追いやられていた元凶に関係していて、ここで議論される内容は私にとってがっかりさせられるものでしかないと感じていたからでした。

 メンバー構成を見てわかることは、産婦人科側からの代表者と小児科側からの代表者がそれぞれの立場から、どのように考え、どのようなアプローチの結果、今回の出生前検査認証制度等運営委員会を中心としたNIPT実施体制を作り上げるに至ったかを論じたもので、実は私たちにとっては同じような話を何度も聞いたことがあるようなものでした。

 論文化されたものは、日本周産期・新生児医学会雑誌 第58巻 第4号に掲載されています。以下よりダウンロード可能です。

 改めて読んではみたものの、結局はこれまでの論とさほど代わり映えのするものではありませんでした。とはいえ、そのような感想を持つのは私が何年もの間さんざん足掻き、対峙してきたことそのものだからであって、そうでない立場の人にとっては、このような議論や経緯があるのかということを知るためにも、目を通していただけると良いのかもしれません。

日本の出生前検査の特殊性

 多くの方はご存知ないのではないかと思うのですが、出生前検査に関して日本はかなり特殊な国となっていて、洋の東西を問わず検査を実施できる国では当たり前にオファーがあり、受ける受けないは基本的に自分の意思で決めることができるのです。日本のようにハードルが高く、面倒な手続きを必要とするところはあまり聞いたことがありません。産婦人科医が実施しようとすると、小児科医などからクレームが出て、物議を醸して検査の実施が制限されるというようなことを繰り返してきました。

 その背景には、日本の妊婦診療の特殊性(小規模施設が数多く、一施設あたりの健診・分娩取扱数が多くない)が関係していると思われ、産婦人科医の診療にもいろいろと問題があって、産婦人科医が信頼されないことに繋がっている側面があるのですが、この点について言及していくと、文章が長くなりすぎるので、ここでは割愛します。

 まあそういうわけで、産婦人科の中でも学会の上層部にいて、やはり世界の流れに乗り遅れないようにしたいと考える人たちは、なんとか軋轢をおこさないで産婦人科医が信頼を得ながら検査を実施できる体制づくりに取り組んできた(その中で一部強引に事を進めようとする人が出てきて問題がややこしくなったりもしたが)のですが、今回登壇された産婦人科側の先生たちは、その取り組みについて紹介するといういつもの内容でした。

 それで、小児科医の先生方はどのような話になっていたかというと、これもこれまで何度も聞かされたような、検査が無制限に普及することへの危惧を述べられるという内容でした。病気や障害をもつ人が、排除や差別をされることなく生きられる社会が構築されることが大事だということには共感・同意します。しかし、出生前検査の普及がその妨げになるから良くないという結びつけられ方はどうなのか

 東京女子医大の山本俊至氏(日本小児科学会倫理委員会委員長)の「日本小児科学会の基本姿勢」の中に、気になる文章があったので、次回はこれを取り上げてみます。