羊水検査や絨毛検査のリスクについての認識は、いつになったら変わるのか(後編)

前編より続きます

なるべく検査を受けない選択に促したい思惑が透けて見える

 検査を規制したい考えを持つ有識者の方ともお話しする機会があるのですが、以前から何度も、「まだ日本社会は差別的な考えが多く、障害者が暮らしやすい社会とはいえない。これが改善されるまでは、出生前検査の普及は制限すべきだ」という意見を聞かされてきました。この考えに基づいた方針が、長年続いていて、何も変わらないのです。

 そんな中で、世界では新しい検査技術が進み、より安全確実に、間違いが少ない検査結果を得ることができるようになってきたのです。そして、知る権利、選択する権利という観点から見ても、日本に住んでいるというだけで検査へのアクセスから遠ざけられている妊婦の現状は、改善されなければならないと考える人も増えてきたのではないかと思います。

 今回、何回もの会議を経て、厚生労働省が検査の存在について全ての妊婦に情報提供することに方針転換したのも、時代の流れだと思います。

 情報提供が進む中で、それでも検査の普及を規制したいという考えはなくなりません。どこにハードルを設けることができるかを考えた場合の一方策が、検査の意義の矮小化やリスクの強調なのではないでしょうか。

 もちろん、検査を受けることにはメリットもあればデメリットもあるということは、常に考えなければならないし、知っておかなければならないことだと思います。

 だからこそ、そういった情報について、できる限り正確に、偏りなく、そして個人の考えが反映されない形で、遺伝カウンセリングが行われる体制づくりを進めてきたはずです。そもそも遺伝カウンセリングは、カウンセラーの個人的考え、思想とは切り離して、相談に訪れる人たちが、主体的に考えて選択できるよう情報提供し、サポートする場であるはずです。この遺伝カウンセリングの場で、誤った情報が伝えられたり、カウンセラーの持つ考えに誘導されたりすることは、避けなければなりません。正しい遺伝カウンセリングではありません。

 それなのに、遺伝カウンセリングに使用する資料自体や医療者からの説明が、検査の危険性を強調していたり、意義を矮小化していたりするような気がしてならないのです。羊水検査には流産のリスクが伴うといっておけば、二の足を踏んで検査を受けない選択をする人が増えるのではないか、検査結果が出るのに2〜3週間かかるので結果が出る頃にはもう中絶できる時期ではなくなるということにすれば、検査を受けずに受け入れることにつながるのではないか、迅速検査はあるけれどこれはあくまでも目安であって確定診断にはならないという説明で押し通せば、中絶を諦めることにつながるのではないか、といったような思惑が透けて見えるのです。

出生前検査認証制度等運営委員会の姿勢も抑制的

 さて、私たちは昨年秋に出生前検査認証制度等運営委員会の承認を得て、認証施設としてNIPTを実施できるようになったわけですが、私たちも含めて認証施設は全て、委員会が作成した資料を一律に配布して説明に用いることが求められています。(https://jams-prenatal.jp/file/nipt_setsumei_a4.pdf?202210など)

 しかし、この説明資料の内容に色々と問題があるように感じるのです。また、認証施設以外の一般の産科医療機関でも情報提供のために配布することのできる資料も公開されています。

 いずれの内容も、私にとっては不満だらけなので、いずれ細かく問題点を指摘していきたいと思っているのですが、全体的な印象として検査に関して抑制的なニュアンスが強く、一方で検査の対象となる疾患の説明はマイルドな表現にとどめられています。ここでは後者の内容について、少し触れておきたいと思います。

 「妊娠がわかったみなさんへ」という題名がついているリーフレットなのですが、いきなり「親になるということ」と大上段にかまえた姿勢からの言葉ではじまります。そして一行目から気になるのですが、そこにはこう書かれています。

ご妊娠おめでとうございます。どんなかわいい赤ちゃんが生まれてくるのか、楽しみにされていることでしょう。

 いや、 いきなりそう来ましたか。そんなに決めつけないでほしいですよねえ。まだまだいろいろな不安がある方もおられるでしょうに、なんで一律に皆が楽しみにしていると思うのでしょうね。

 そして、読み進めていくと、違和感のある言葉や文章がいくつか出ています。たとえば、Q1のところで、「すべての人が受ける検査ではありません」という文字だけが太字になっています。これに続く文章では、「受けないことで妊娠・出産に際して困ることもありません。」と書いてあるのですが、それは言い過ぎではないでしょうか。こういうところにも、なるべく検査を受けない選択をしてほしいという気持ちが滲み出ていると感じます。

 「非確定検査」と呼ばれるものの扱いも気になります。

 (この「非確定検査」というまとめ方には以前から違和感があり、表現が必ずしも適切ではないという指摘をいろいろなところでしていますが、残念なことに今回新しくなる「産婦人科診療ガイドライン」にもこの分類が採用されています。)

 ここでは「非確定検査」として、血清マーカー検査、胎児超音波マーカー検査、コンバインド検査、NIPTが同列に列挙されていますが、これらの検査は本来、同じ目的のために開発されてきた検査で、新しい検査がその検出感度などにおいてより良い検査として出てきた結果、古いものは駆逐されていくという流れなのに、まるでいろんな検査選択があるというような扱いはどうなのかと思います。NIPTの時代になって、母体血清マーカー検査などいまだにやっている国はほとんどなくなっているはずです

 委員会のメンバーの人選はどのように行われたのか、任期はどのくらいなのか、どういう議論のもとに資料作成が進められているのか、よくわからない点が多々あって、不満を感じます。そもそもこの委員会には、さまざまな立場からの意見を取り入れようというのはわかりますが、どう見ても妊婦診療の現場、最前線で対応している立場の人間や、妊娠・出産の当事者である世代の代表などが少ない(正直いって後者はいない)と感じています。こういった体制づくりから、見直していく必要があるのではないかと感じています。