全染色体は大丈夫?「ビショウケツ」の検査も受けた? – 非認定NIPT提供施設で全染色体の異数性や微細欠失症候群を扱っていることの問題点 その2

前回の続きです。

 いわゆる『非認定施設』でNIPTを受けてきた方に、「どのレベルまでの検査をお受けになりましたか?」と伺ったところ、「“ビショウケツ”までやりました。」という方が、複数おられたのです。

「ビショウケツ?」

一人だけならその方が間違って認識しておられるだろうと思うのですが、複数おられるとどうもそうではないように感じます。この検査を扱っている施設の医師やスタッフが、そういう言い方をしているに違いないと想像しています。

 多くの『非認定施設』が、『微小欠失症候群』という用語を用いていて、インターネットサイトや個人のブログなどでもこの言葉を目にすることが多くなっているのではないかと思います。私は以前からこれに違和感を感じていました。

 私たちは、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーの資格を得るために学んだり、試験勉強をしたりしていた当時より、教科書などで『微細欠失症候群』と習ってきました。『微小』という言い方をしたことはなかったのです。ところが、最近になってこの言葉をよく耳にするようになったので、これは正しい用語なのか?という疑問が湧いてきました。いくつか調べてみたところでは、、、

遺伝医学を学んできた人ならば、必ず手にしているであろう書籍、『トンプソン&トンプソン遺伝医学』には、はっきりと微細欠失症候群と記載されています。また、人類遺伝学会編集の教科書『コアカリ準拠 臨床遺伝学テキストノート』にも、微細欠失症候群の記載があります。一方で、慶應義塾大学出版会の『遺伝学辞典』には、微小欠失の記載があり、やや混乱があるのかもしれません。学会として「これが正式な用語」と決定したものがあるのかどうか、確認が必要だと考えています。しかし、少なくとも臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーの資格を持って働いている人は、前2者のテキストを使用しているはずなので、普通は微細欠失という用語を使っているのではないでしょうか。専門用語が、エセ専門家の商業的活動の結果、あまり使われていなかった用語に置き換えられてしまうのは、困ったことだと感じます。

 そもそもこの『微小欠失』という言葉、どこから広まったのかと考えてみると、そうやらここが原因なのではと思われるものに行き当たりました。遺伝学的検査の技術および機器を提供しているillumina社のホームページにある資料の日本語版『生殖遺伝学に関する患者用カウンセリングガイド』内で、この言葉が使用されているのです。現在NIPTを扱っている検査会社のほとんどが、このillumina社の技術の提供を受けていますので、非認定の施設が検査会社から提供されている文書が、この記載になっていたとしても不思議はありません。この資料は、この他にもいくつか問題があるのではないかと思うので、こういうものではなく私たち専門家がきちんとした情報提供ができる資料作成をしなければと考え、計画中なのですが、これを急ぐ必要がありそうです。

 この記事を執筆していたところ、朝日新聞に同じような話題の記事が出ました。

www.asahi.com

 これまで、あまりこの実態が知られていなかったのですが、ここへきてようやく認定外施設が広がってきた問題が世間一般に認識されてきたようです。ただ、私は、「認定外施設が営利目的に検査を行なっていてけしからん!」という意見に対しても、全面的に同意するわけではありません。特に、こういう施設で検査を受けた妊婦さんが、妊婦健診のために受診した産科診療施設で、「こんなところで検査を受けるなんて、とんでもない!」といったような叱責を受けることがあるという話を聞くと、なぜ妊婦さんが怒られなければならないのかという気持ちを持ってしまいます。

 妊婦さんたちが振り回されてしまう状況を作ったのは、この検査をコントロールしてきた日本医学会をはじめとする各学会のやり方が必ずしも適切ではなかったことや、厚生労働省がイニシアチブを発揮せず学会に丸投げしてきたことなどによると思います。この問題点については、これまでもこのブログで記載してきました。(以下関連記事参照)

最良の選択が「非認定施設」でのNIPT検査だという皮肉 – FMC東京 院長室

実際に出生前検査を専門的に扱っていてはじめてわかる、NIPTの今ある問題点と解決策 – FMC東京 院長室

NIPTについて、日本医学会として今後どうするつもりなのか、全く見えてこない年越し – FMC東京 院長室

そして、認定施設だからきちんとした対応ができているかという問題も同時に存在していることは、あまり知られていません。一日も早く、全く専門外のクリニックが大量にこの検査を請け負っているこの歪な状況を改善しなければなりませんが、厚生労働省がこの秋に立ち上げるという検討会に果たして期待できるのでしょうか?

 朝日新聞の記事の最後には、仁志田博司・東京女子医大名誉教授のコメントが載っていますが、ここで語られている「羊水検査を義務づける」という考えに関しても、私は同意できません。検査の結果をどう解釈し、どう判断するか、そしてどのような選択をするかは、やはり妊婦本人が決めることだと思います。結果の解釈や判断について、医師が正しい情報提供ができるようにすることが第一です。そして、出生前検査の現場では、NIPTだけでなく超音波検査なども組み合わせて、羊水検査を行わなくても適切な判断や情報提供ができるケースもあり、NIPT陽性→羊水検査という流れが常に存在するわけではありません。権威であったり専門家と考えられる大御所であっても、このように出生前検査の現場・現状をよく認識しているとは限らないのです。厚労省の検討会、どのような人たちによる検討になるのか、心配になっています。