某無認可クリニックの全染色体検査:わかってやってるんでしょうかねえ

前回エントリーの最後に、次は検査を規制するという考えのどこが間違っているかについての論考を行うと予告し、途中まで文章を書き始めていたのですが、最近診療の場で気になるケースが連続したので、先にそれについて書きたいと思います。

私のクリニックには、無認可施設でNIPT検査を受けたが超音波検査は当院で受けたいという方が、よくいらっしゃいます。最近、そのような方が増えているのは、NIPTを受ける人が増えているからに他ならないと考えています。

そういった方々の中で、最近よくみられるようになったのが、全染色体についての検査をお受けになったという話です。

現在、認可施設で行なっている検査項目は、21番、18番、13番の3種の染色体の数的異常(21トリソミー、18トリソミー、13トリソミー)のみとなっていますが、その無認可施設ではこれら以外の染色体も含めた全ての染色体(1番〜22番、X, Y染色体)について、数的異常がわかるというのです。

単純にこの言葉だけを聞くと、素晴らしい検査のように聞こえます。染色体異常についての知識が深くない方なら、この検査を行えばほぼ完璧に全てがわかり、何の心配もなくなるとお感じになっても仕方がないと思います。しかし、本当にそうなのでしょうか?

私たちは、はじめこの検査が出てきたと聞いたときに、「それはいったい何?」という疑問が湧きました。13,18,21,X,Y以外の染色体の数の異常がわかることに、どういうメリットがあるの?と思うわけです。そもそも、一般にこれ以外の染色体の数的異常は流産になるので、生まれてくることは考えられないのです。通常は生まれてこないものを調べて、何になるのでしょう。

現在、海外で行われているNIPT検査には、一般的な3種のトリソミー以外にも、他の症候群の検出を目的とした追加項目が選択できるものもあります。対象となっているものは、まずX, Y染色体の数的異常(Turner症候群、Klinefelter症候群、Triple X症候群など)(これは全染色体検査数的異常検査でもわかります)、それから一部の染色体構造異常に伴う症候群(22q11.2欠失症候群、Prader-Willi症候群、Angelman症候群、1p36微細欠失症候群、Jacobsen症候群、5p-症候群、Wolf-Hirschhorn症候群など)です。後半で挙げた染色体のちょっとした構造異常に起因する症候群は、全染色体の数的異常を検出する検査を行なっても検出されません。

これらの中でも特に数が多いのは、22q11.2欠失症候群です。統計によってやや違いがあるものの、だいたい4000人〜5000人に1人ほど生まれてくると考えられます。この数は、18トリソミーよりもやや多いぐらいです。この染色体異常は、羊水穿刺などの時に一般に行われている染色体検査であるG分染法では検出できないので、染色体正常と判定された中から生まれてきます。このことが、海外では課題の一つになっており、NIPTでこれを検出することに意義があると考えられているわけです。こういう問題を解決するために新たな検査が開発されることは理解しやすいのですが、全染色体の数的異常を検出する検査の意義はよくわからないのです。

実は先日、バンコクで開催された国際着床前診断学会に当院の田村が参加した際に、この検査のパンフレットを入手してきました。この学会の有力スポンサーとして、この検査を扱っている会社が名前を連ねていたのです。そのパンフレットには、この全染色体検査を行う意義について、以下のように記載されています。

・妊娠管理に役立つ:胎盤限局性モザイク片親性ダイソミーを考慮した管理

・再発リスクと将来の妊娠管理:過去の流産においてトリソミーが確認されている場合、次の妊娠における染色体異数性の発生リスクは1.8倍になる。

この2点なんです。どういうことが言いたいのか解説しますと、後者は要するにこの全染色体検査を受けてトリソミーが確認された場合には、次の妊娠でのリスクを考慮して検査計画を練るのに役に立ちますよと言っているわけです。つまり検査を受けた妊娠そのものは流産するけれども次の妊娠を考える際に役にたつと言っているわけで、今の妊娠そのものについては直接的な意義はない話でしょう。

では、前者はどうか。胎児発育が停滞するケースの中に、胎児は正常だけれども胎盤にのみ染色体異数性のモザイクが存在している場合があることが報告されています。胎盤に染色体異常があると、胎盤機能が落ちやすくなりますので、胎児発育への影響があるわけです。胎児発育不全を予測したり、その原因について考慮したりするのに役に立つと言っているわけですね。それから、片親性ダイソミーの件ですが、これは少しややこしい話です。

胎盤限局性モザイクの成因には複数のものがありますが、その中でよく知られているものとして、トリソミーレスキューというものがあります。これは、最初の受精卵の段階ではある染色体にトリソミーを持っていた場合でも、細胞分裂の過程でトリソミーの染色体の1本が脱落して通常の状態である2本が残った細胞が形成され、この結果、トリソミーを含んだ細胞と染色体数正常な細胞が混在する状態になるケースです。細胞分裂の結果、胎盤になる細胞ではトリソミーが残っていて、胎児になる細胞が全て染色体数正常ならば、胎児は正常な胎盤限局性モザイクということになります。しかしながら、ごく稀に、染色体数正常であっても疾患が生じるケースがあります。もっともよく知られているのは、15番染色体に関係する、Prader-Willi症候群とAngelman症候群です。この二つの疾患は、それぞれ15番染色体の二本ともが母親からきた場合と父親からきた場合に起こります。つまり、トリソミーレスキューで残った二本の染色体が二本とも片親から来ているという状況です。ここで想定しているのは、以下のような状況です。1. NIPTで15番染色体のトリソミーが疑われる。→ 2. 羊水穿刺で正常核型。→ 3. 15番染色体の胎盤限局性モザイクとなっていて、胎児には片親性ダイソミーが生じている可能性を考慮する必要があるので、これを確認するための特殊検査を行う。

上記のようなことは非常に稀なこと(例えば片親性ダイソミーによるPrader-Willi症候群の頻度は約4万人に1人ほどと思われる)で、一般の妊婦さんが高い料金を支払って受ける検査の目的として適当かどうかを考えると微妙ではないでしょうか。

このパンフレットには、21, 18, 13以外の希少なトリソミーの発生頻度についても言及があります。それによると、それらは全妊娠の0.34%、染色体異常の妊娠の8〜14%と記載されていますが、この『全妊娠』『染色体異常の妊娠』というのは、流産も含まれているわけです。『出生するうちの』ではないのです。そして事実、これらの特殊なトリソミーは、通常は流産になります。

この検査を扱っているクリニックでは、検査前に医師が説明をするそうですが、それは約3分ぐらいだったと聞いています。その中で、この検査のメリットに関しては、21, 18, 13番以外のトリソミーも数%あると言っていたそうです。数%というのは、何の中の数%かということは言及されていません。専門的知識を持たない人がこういう説明を聞くと、まるで生まれてくる子の中の数%あるように思ってしまっても仕方がありません。この説明は、検査希望者を意図的にミスリードしているのか、説明している本人もよくわかっていないのか、どちらかはわかりません。

何年か前にあるテレビ番組で、無認可NIPTが話題になり、この医師がインタビューを受けていたことを覚えています。この時この医師は、『遺伝カウンセリングマニュアル』という書籍を片手に持ち、「カウンセリングのこんな本があるんですよ、ちゃんと。」「僕は一介の医者なので、遺伝学は専門にしていません。だけど、医者としてのある程度の知識はあります。」と述べていました。最近、ホームページ上では、自院と他院との比較表の中で、自身のことについて、『国際出生前診断学会(ISPD)会員』『40年以上の出生前診断の実績を持つ産婦人科専門医』と記載しているようですが、ISPDは入会金と年会費さえ払えば誰でも会員になれるし、長年にわたる出生前診断の実績といえるほどの業績はほとんどないように思われます。そもそもご自身で「一介の医者なので遺伝学は専門にしていない」とおっしゃる方が、出生前診断の実績を持つという話自体、矛盾しています。

結論として、

1. NIPTによる全染色体の数的異常(異数性)の検査は、現在妊娠している胎児が染色体異常をもって生まれてくる可能性について判断する意義は低い。

2. スタンダードな3種のトリソミー(21番、18番、13番染色体のトリソミー)の検査に加えてこの検査を行う意義について、生まれてくる子に3種以外のトリソミーの可能性がそれなりにあるかのような印象を与える説明を行うことは、不誠実である。

と言えます。

この検査を行なっているドクターは、どこまでわかってやっておられるのかが気になります。よくわからずにやっておられる可能性もありえると思います。あるいはわかっていて、しかしその意義についてのきちんとした説明もなく検査を勧めているとしたら、欺いて高い検査を売りつけようとしているのではないかという疑念が生じるのです。

もしこのクリニックでNIPTを受けたいという妊婦さんがいらっしゃったら、私は迷わず全染色体の方ではなく、スタンダードな方を受けなさいとアドバイスするでしょう。