NIPTで胎児の性別がわかってはいけないのか:認証施設でX,Y染色体の検査ができない理由は何なのかについての考察(その1)

 前回予告した通り、X,Y染色体を対象としたNIPTが、認証施設ではやってはいけないことになっている問題について取り上げます。

NIPTと性別を知ることと

 「NIPTで男女の性別を知ることはできますか」という質問が、実はかなり多いのです。多くの人が、胎児の性別を知りたがっているということがわかります。

 私たちの感触としては、そのほとんどはわりと軽い気持ちで、「わかるなら知りたい」ぐらいのことが多く、そういった考えに至る主な原因として、ネットで検索すると、日本医学会の出生前検査認証制度等運営委員会(以下、『運営委員会』と省略します)の認証を受けずにNIPTを実施している、いわゆる『無認証施設』の多くが、「性別がわかる!」ということを表に出して盛んに宣伝していることが関係しているようです。

 しかし、本来はこのX,Y染色体について検査することの主な目的としては、性別を知ることではなく、これらの染色体の数の異常を知ることが想定されていた筈で、その検査目的の妥当性やわかることで生じる問題点などが議論されて然るべきところ、そういった難しい部分には触れず、単に「性別を知りたい」という単純な欲求を刺激する商売にしているところが、悪どいところです。

 一方、運営委員会が認証する施設では、検査項目は21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーの3つに限定されており、X,Y染色体については検査をしてはいけないことになっているのですが、その明確な理由は示されていません。なぜ検査をしてはいけないのかについて、現場の私たちが納得できるような説明は何もありません。

実は検査会社にはX,Y染色体の検査結果が保持されている

 NIPTを行っているほぼ全ての国では、3つのトリソミーに加えてX,Y染色体の数の検査まで含んだものが基本的検査になって(その理由はこれらの検査は得られた結果の信頼性が高いため)おり、実際に検査を行うラボでも検査機器を稼働させると、X,Y染色体の数についてまで結果が出るのが普通になっています。つまり、検査を依頼した施設にはその結果を伝えていないけれど、検査会社側では、X,Y染色体も含んだ検査結果を保持しているのです。

 運営委員会が公開している『認証の指針』には、

III NIPT の対象となる疾患と受検が選択肢となる妊婦について

【1】NIPT の対象となる疾患

本指針に基づくNIPTの対象は、13トリソミー、18トリソミー、21トリソミーとする*1。

*1 これら3疾患以外の疾患については、分析的妥当性や臨床的妥当性が現時点では十分に確立されていない。新たな検査法や検査対象疾患の拡大については、まずは臨床研究などの形で評価し、医学的意義のみならず倫理的・社会的影響等についても考慮して検討を行い、臨床応用にあたっては慎重な対応が必要である。

の記載があります。

曖昧な概念「臨床的妥当性」について

 X,Y染色体については「分析的妥当性」は確立しているはずなので、「臨床的妥当性」が確立していないということなのかもしれませんが、具体的にどういう点がそう判断される根拠なのかがわからないのです。そもそも「臨床的妥当性」って、どういう点で評価されるのか、誰がどう判断するのか、よくわからないのです。

 そして、対象疾患の拡大について、まずは臨床研究などの形で評価することになっているのですが、例えば、染色体微細欠失やゲノムワイド検査、単一遺伝子疾患の検査などについては臨床研究で評価することが必要なことはわかるのですが、世界中で普通に実施されているX,Yの数の問題の検査に関して、一体これから何の研究が必要なのでしょうか。

(しかし実は日本にNIPTが導入される過程において、3つのトリソミーの検査でさえもまずは「臨床研究」を行うという過程があったのでした。しかしこの「臨床研究」はそれ自体が本来的な研究の体をなしているとは言い難い、未知の事実を解明しようというものではなく、研究のための研究というような絵に描いた餅のようなものであったと感じています。主な目的は、急速な普及を抑えて時間稼ぎをすることだったと思います。)

あらためて、X,Y染色体の検査について考える

性別を理由に中絶?

X,Y染色体について検査することには、以下の二つの側面があります。

  1. 胎児の性別を判定する。
  2. X,Y染色体の数的異常を検出する。

実はこのいずれもが、これまでの検査でも物議を醸してきたことは事実です。例えばこれらのことは、羊水穿刺などによる染色体検査で明確に結果を知ることが可能ですが、X,Y染色体に関する情報は伝えないという方針の病院は今でも多いのです。

 それは何故なのかについて、考察していきたいと思います。

 まず1について。

 私が医者になった1980年代当時、「胎児の性別について安易に伝えてはならない」というのが、産婦人科医の間でのわりと一般的な考え方で、不文律として通用していました。その主な理由として語られていたことは、「性別を理由に中絶する人がいる」ということでした。当時はまだ昭和の時代、古い家父長制の考えが引き継がれており、〇〇家の跡取りが必要という考えのもと、「嫁」は男児を産むことを求められ、胎児が女児であるとわかったら中絶の対象となり、ひいては生まれてくる新生児の男女比に影響を及ぼすという考えが、現実のこととして語られていました。

 実際、中国では一人っ子政策が実施されていた当時、このことが現実になっていましたので、あながち特殊な考えというわけではありません。そして、核家族化が進んだ都会で暮らしている私たちにはあまりピンとは来ないものの、少し地方に行くと、今でも「本家」とか「分家」といったワードが普通に使用され、法事で一族が集まって跡取りがどうとかといった話題が出る日常があるようですので、まだまだ男の子を望む「家」は数多く存在しているのかもしれません。

 実際に外来診療をする中での会話では、「子の性別はどちらでもいい」という人が多いし、最近は「女の子希望」というような意見が多い印象があるのですが、それは東京のど真ん中でやっているからなのかもしれません。でも中絶というのは女性の心身両面でそう簡単なものではないはずなので、胎児の性別を理由に中絶する人がそう多いとはとても思えないのですが、、、

歴史的経緯

 子の性別を告知することの可否について、実際にはなんらかの決まり事があるのか、歴史的経緯を調べてみました。

1988年の見解から2007年の見解へ

 産婦人科医が妊婦診療の現場でどう対応すべきなのかについては、日本産科婦人科学会が「見解」として示してきています。まず昭和63年(1988年)に、「先天異常の胎児診断、特に妊娠絨毛検査に関する見解」が出され、この内容について、平成19年(2007年)に新たに、「出生前に行われる検査および診断に関する見解」が発表されました。後者が発表される経緯として、当時の吉村泰典理事長および星合昊倫理委員会委員長名で以下のように記されています。(一部抜粋)

このような現代社会の生殖・周産期医療に対する期待を踏まえて「先天異常の胎児診断、特に妊娠絨毛検査に関する見解」(昭和631月)をみると、この見解は必ずしも時代の要求に合っているものとはいえません。


ここに、本学会は「先天異常の胎児診断、特に妊娠絨毛検査に関する見解」(昭和631月)については、これを廃し、現代社会の情勢、法的基盤の整備、倫理的観点を考慮しつつ、生殖・周産期医療の現状および将来の進歩の可能性に立脚した新たな見解「出生前に行われる検査および診断に関する見解」を発表することといたしました。

学会は、本学会会員が診療を行うにあたり、この新見解を厳重に遵守されることを要望いたします。

この2007年の「見解」の中の一文に、以下の記載がありました。

重篤なX連鎖遺伝病のために検査が行われる場合を除き、胎児の性別を告げてはならない。

 この一文は、実は1988年の「見解」にも同じ記載があります。つまり、1988年の「見解」は必ずしも時代の要求に合っているものとはいえないということで新たに発表された2007年の「見解」でも、性別の告知については消極的姿勢であったようです。

 ただ、産婦人科医が皆同じような考え方だったわけではないことがわかる資料もありました。

 これは、1987年に開催された日本産科婦人科学会関東連合地方部会(現関東連合産科婦人科学会)の第74回学術集会の記録にあり、おそらく「見解」の作成過程に関連して企画されたシンポジウムであったと思われます。

 『胎児性別告知に賛成か、反対か』というテーマが提示され、これに対して、『賛成』『条件付き賛成』がそれぞれ1演題、『反対の立場から』が2演題という構成で並べられていました。残念ながらその詳しい内容(どのような主張があって、どのような議論がなされたのか)については、資料を入手できていないのですが、少なくとも「告知してはならない」という内容の「見解」が示された当初の時点で、すでに色々な議論はあったことがわかります

 そして、1987年時点ですでに、産婦人科医の中にはいろいろな考えがあり、性別の告知を行うことについて積極的な意見も少なからず存在していたことがわかります。

 この学会としての姿勢は、その後どうなったのでしょうか。

2013年の改訂で胎児の性別告知が限定付きの解禁に

 2007年の「見解」が、平成25年(2013年)に「出生前に行われる遺伝学的検査および診断に関する見解」として改定されました。この中で、胎児の性別についての扱いは以下のようになりました。

8)  胎児の性別告知については出生前に行われる遺伝学的検査および診断として取り扱う場合は個別の症例ごとに慎重に判断する。

 つまりこの時点で、「胎児の性別を告げてはならない」という文言が廃され、告知することの妥当性について「慎重に判断」した結果、妥当と思われたケースについては告知が可能となったのです。実質的に告知が解禁になったと言っても過言ではないでしょう。そして現在に至るのです。

 この改定の本来の意味としては、先天性の重篤な疾患の中に、それが発症するか否かや発症した場合の重症度が、性別の違いによって大きく異なる疾患が存在し、これについて出生前に診断する必要性が考慮されたものと思われますが、それと同時にその背景にはおそらく、妊婦健診の場で超音波診断装置を用いて外性器の形状から男女判定を行うことがかなり普通のことになっていること、従来の家父長制の影響が徐々に薄れ、生命倫理の観点からも、希望する性別でないからといって中絶する(あるいはそのことを強要される)ことが、そうそうあるものではないと考えられるようになってきたことなどが存在しているのではないかと思います。

 というわけで、2013年以降は、医師が妥当と判断すれば胎児の性別についての告知は可能になっているのですが、妊婦診療の現場ではいまだに性別の告知についてためらったり、染色体検査の結果を伝える際に(妊婦さん自身は告知を希望していたとしても)性別の部分を隠したりする医師が存在するのは、医師の個人的考えとして性別の告知を良しとしていないか、そのケースについて妥当と判断していないか、10年以上前の「見解」による縛りに囚われてアップデートできていないかのいずれかではないかと思われます。

 このように、日本産科婦人科学会の「見解」の時代的変遷を見ると、NIPTで判明した胎児の性別について伝えることについては、(それがどの程度信頼性があるかという問題はあって、その点についてきちんと説明する必要はあるものの、それさえできれば)制限する意味はあまりないのではないかと思うのです。それでは、もう一つの問題、

  • X,Y染色体の数的異常を検出する。

についてはどうでしょうか。

 次回は、この点について考察したいと思います。