X,Y染色体の数の問題については、もっと情報提供が必要ではないだろうか:認証施設でX,Y染色体の検査ができない理由は何なのかについての考察(その2)

 前回の続きです。

 X,Y染色体を対象としたNIPTを認証施設ではやってはいけないことになっている問題のメインは、性別を知るということではなく、数の違いの問題の扱いの難しさです。

 本来はこれが大事な点のはずなんですが、非認証医療施設では、この点についてよりも性別を知ることができるという部分をメインに宣伝に利用しているのが実情ですね。

 NIPTはそもそも出生前に問題を早期発見するために行われる検査なのであって、性別を知るのが目的ではないのに、非認証クリニックなどでは妊婦やその家族が「知りたい」と思いそうなポイントをついて、顧客集めに利用する。これはもう医療ではないですよね。

Xモノソミーとターナー症候群

 X,Y染色体の数の違いにはさまざまなものがあるのですが、大きく分けると、数が少ない問題と数が多い問題があります

 数が少ない方の代表はXモノソミーで、これは通常2本(女性ならXX, 男性ならXY)あるはずのところ1本のX染色体しかもっていないケースです。臨床的には「ターナー症候群」として知られているものですね。ターナー症候群の胎児では、リンパ管の形成の問題が起こりやすく、多数のリンパ嚢胞ができるとともに体の浮腫が生じ、そのほとんどは胎児死亡に至ることが知られています。しかしその一方で、生存できた場合には、不妊や女性としての機能が不十分であることなどの問題のほか、いくつかの合併症があるものの、生命予後は良く、また知的発達の問題もほぼないことより、出生前診断の対象とすることについて抵抗感を持つ医師も少なからずおられるようです。

 実は妊娠初期の胎児超音波検査で、NT肥厚の程度が顕著であったり、浮腫が体幹に及んでいたりするケースでは、Xモノソミー(ターナー症候群)のケースが多いので、認証施設でNIPT陰性という結果が得られても、超音波検査で胎児の「むくみ」を指摘された場合には、この疾患を常に念頭に置かなければなりません

 ターナー症候群の女性は、普通に社会生活を送っている方が多いのでこれを出生前診断の対象にすることに抵抗感を持つ医師が少なからず存在するということが、実はX,Y染色体についてNIPT検査の対象とすることが認められていない理由として存在するのではないかと感じています。

 実際にそのような意見をされる医師を何度も目にしましたし、ある学会で私がNT肥厚に関する発表を行った際に、「それでターナー症候群が見つかったらどうされるのですか?」という質問を受けたこともあります。

 私たちはどのような疾患でも、見つかったものについては丁寧に説明し、ご夫婦がどういう選択をされるかについてもお考えを尊重しつつ対応してきましたので、当初この質問の意図がよくわからず戸惑いました。後になって考えると、この質問をした医師は、出生前診断の結果、妊娠中絶をされる可能性が生じるが、それは良くないのではないかということをおっしゃりたかったのかなと気がつきました。「ターナー症候群という診断で中絶されては困る。」ということのようなのです。そう言えばこの意見・考えは、わりとよく耳にするように感じます。

 しかし私には、どうも違和感があるのです。「じゃあダウン症候群なら中絶しても良いとお考えなのですね。」と聞き返したくなるのです。

 私は、人工妊娠中絶の可否を病名で決めることはおかしい(まあ母体保護法での人工妊娠中絶の要件に胎児条項はないという、そもそも問題もあるのですが)と思うし、妊娠時期で規定することも正しくないと考えています。このあたりの話は、過去記事も参考にしていただけると良いかと思います。

出生前診断→妊娠中絶という単純思考

 だいたい、出生前診断→妊娠中絶という単純思考が良くないんです。

 ターナー症候群の場合、きちんとした情報提供がなされれば、妊娠を継続して出産を目指す人は多いです(もちろん中絶する人もいます)。一方で、出産を目指す希望を持ちながら、残念なことに胎児の浮腫が悪化して、子宮内胎児死亡に至ったり継続を断念せざるを得なかったりするケースも多く経験しています。いずれにしても、きちんと診断がつくことによって、今起きていることを認識して、夫婦でよく考えて、今この妊娠をどうしていけば良いか決定するという過程が可能になるのです。診断しない方が良いと思ったことはありません。

 出生前診断に反対する人は、ターナー症候群というものに関して、「症候群」と聞いただけで「安易に」中絶してしまうカップルがいることや、産婦人科医が疾患についてよく知らないままいいかげんな説明をして、結果的に中絶に誘導されてしまうということがよくあるとお考えのようです。

 実際にそういう事例がないとは言いませんし、過去には(現在も)それなりの数あった可能性もあるとは思います。もちろんそういったことをゼロにすることが理想なのでしょうが、何度も言及しているように中絶を選択する理由はそう単純でもないので、中絶そのものをゼロにすることはできないと思います。X,Y染色体の数を検査することに強く反対する人は、中絶をゼロにしたいと考えておられるような気がします。

 それに、NIPT実施医療機関としての認証を得るためには、産婦人科専門医が臨床遺伝専門医資格を持っているか、あるいは遺伝学的検査を扱うための講習を受講しているかという規定が設けられているのです。検査前後に遺伝カウンセリングをきちんと行うことも要求されます。それでも産婦人科医師はターナー症候群の診断をすべきではないのでしょうか。

Xモノソミーとモザイク

 ただし、X染色体に関する検査には、難しい側面もあります。たとえばXモノソミーには、モザイクが多いことが知られています。胎児や胎盤を構成する細胞のある一定数が正常核型(XX)で、ある一定数がXモノソミーと言った具合に違った種類の細胞が混在しているケースです。

 私たちの施設での経験でも、一卵性と思われる双胎のうち片方の児のみに浮腫が存在し、それぞれの児について羊水穿刺による染色体検査を行った結果、片方は46,XXでもう一方(浮腫のある方)は45,X(Xモノソミー)だったという例もありました。また、他院(非認証施設)でのNIPTでXモノソミーという結果が出て、当院でよく調べた結果、一人の胎児の体の中に45,Xの細胞と46,XYの細胞が混在している、X/XY混合性性腺異形成という性分化異常症が見つかったケースもあります。同じく非認証施設でのNIPTでXモノソミーとされ、羊水検査を行った結果、胎児は47,XXX、のちに胎盤を調べた結果、胎盤の細胞は45,Xというケースもありました。

 こういった難しいケースに対応することは、一般的な産婦人科施設では難しいだろうと思われます。そのために連携施設→基幹施設という形がつくられているのですが、基幹施設でも上手に対応できないところがあるかもしれないという危惧もないわけではありません。ただ、せっかく認証制度等運営委員会を核とした検査の体制が作られているのですから、実施施設からの情報をもとに認証施設が切磋琢磨して経験を積んでいく以外にないのではないかと考えます。

 長くなってきたので、一旦ここで切り、X,Y染色体の数が多い方の問題については、次の記事にしたいと思います。