遺伝カウンセリングは中絶の歯止めではない。

少し古い記事(1ヶ月ほど前のもの)なのですが、ちょっと気になる記載があって、このブログで取り上げなければとメモしておいたものがあります。以下の記事です。

学会、新出生前診断指針見直しへ 年度内に意見取りまとめ – 共同通信

2018年6月23日配信

this.kiji.is共同通信の配信記事なのですが、日本のほとんどの新聞社をはじめとするマスコミ報道は、この通信社からの配信を利用していると聞きます。つまりここが配信している内容は、日本全国かなりの広い範囲に行き渡るということですね。それだけ影響力が強い、そして信頼性が高いと考えられているわけです。

この記事のどこが気になったかというと、最後の文章です。以下、引用しますと、

“新出生前診断は、中絶につながりかねないため、学会は指針で遺伝カウンセリングを行うことなどを求め、認定施設のみで認めている”

この文章、おかしくありませんか?中絶につながりかねないから、遺伝カウンセリングを行う??のですか?

これまでこの検査について、『臨床検査として行う』とか、厳しい施設認定要件を設定するとかしてきた偉い人たちは、ことあるごとに、「この体制で実施してきたことによって一定の理解が得られた。」「遺伝カウンセリングの重要性が一般に認知された。」とおっしゃっていて、まあ言ってみれば自画自賛しておられるわけなのですが、ちょっと待ってくれと言いたい。マスコミを代表する共同通信のこの記事を読んだだけでも、遺伝カウンセリングのことがよく理解されていないことは明白ではないですか。

まあそれだけではなくて、ともすれば実際に“遺伝カウンセリング”なるものを行っている人たちでさえ、なにか間違っているように感じられることはよくある(学会発表などでそう感じることがかなりある)のですが。

これは例えば日本産科婦人科学会の偉い人たちの中にも勘違いしている方がおられるのですが、遺伝カウンセリングを行うことによって、検査を受けることを思いとどまる人が一定数増えるのがあたりまえだとか、そうなるべきだとか、あるいは中絶を選択しない人が増えなければならないとか、考えておられるようなのですが、それは違います。

以前、以下の記事でも触れましたが、遺伝カウンセリングは、クライエントの自己決定をサポートする役割を果たしますが、何かを思いとどまらせたり、カウンセラー個人の考えに導いたりする場では決してないはずです。

NIPTだけを厳しい指針で規制することによって何が起きているのか? (3) – 遺伝カウンセリングは免罪符なのか – FMC東京 院長室

どうもこのところ、『遺伝カウンセリング』という言葉が一人歩きをして、間違って捉えられたまま広がっているような感じがしてなりません。遺伝カウンセリングというものがあるということについて認知が広がるのは良いのですが、何かこの『遺伝カウンセリング』が、本来の意味を外れて、日本独自のものに変わりつつあるような流れを危惧します。

もう一つ感じるのは、人工妊娠中絶の問題です。どうも一般には、人工妊娠中絶は避けなければならないもの、という認識が広まっているように感じます。その認識があるから、検査前の遺伝カウンセリングでその選択を思いとどまらせるべきという考えにつながるのではないでしょうか。いくつかの医療施設では、胎児の観察を目的とした超音波検査は、妊娠22週以降にしか行わないとしているようです。これは、もう妊娠中絶の選択ができなくなった時期になってからしか、胎児の異常を見つける結果に繋がることは行わないという方針です。なぜそのようなわざわざ妊婦自身の選択の幅を狭めるような方針にするのか、私には理解できません。

胎児の異常を理由に人工妊娠中絶を行うことは認められていない。と、母体保護法の条文をきっちり解釈して、主張する方がおられます。実際に条文からみると、この意見は正しいということになります。しかし、現実にはそうはなっていないことは皆が知っていて、受け入れていることだと思います。例えば実際には胎児の異常を理由に中絶を行ったが、その理由には経済条項を当てはめて法的にOKとした、という事例は枚挙にいとまがありません。このような運用で、これは厳密には堕胎罪に当たるとして罰せられたという事例を、私は聞いたことがありません。つまり、法曹界でもこの運用は暗に認められていると言って良いのではないでしょうか。

日本では人工妊娠中絶が年間168,015件(平成28年度 厚生労働省資料より)行われています。この数はここ数年減り続けてはいるものの、出生数から見ると5、6人に一人は中絶になっていることをみると、かなりの数だということがわかります。日本ではそれだけ普通に中絶が行われているということを、皆知っているわけです。そしてその1/4を20代女性が占めており、その理由としては、経済的に余裕がない23.8%、相手と結婚していないので産めない23.0%(第7回男女の生活と意識に関する調査 2017年 一般社団法人日本家族計画協会)が上位を占めています。要するに、圧倒的多数は、母体にも胎児にもなんの問題もない妊娠なのです。こういった中絶を経験する方達も、葛藤を経験したり、罪悪感を抱えたりすることでしょう。しかし、自ら望んだ妊娠で、元気な赤ちゃんが生まれてくることに希望を持っていた人が、胎児の異常を原因に妊娠継続を断念する選択を前にしている時に、なぜ殊更に命の重みについて語られ説得され、強い罪の意識を背負わされなければならないのか。またあるいはわざわざ選択の余地を無くされなければならないのか。この状況の歪さを、出生前検査・診断を避けようとしている医師たちはどう考えているのでしょうか。

人工妊娠中絶の問題、母体保護法のあり方については、今のような曖昧さを是とした日本的な解決には限界がきているのではないかと、私は考えています。母体保護法については、国際女性差別撤廃委員会からも日本政府に対し是正勧告が出ています。(このことはまた別の機会に取り上げたいと考えています。)

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/pam_04_170418.pdf

リプロダクティブヘルス/ライツの観点からも、より良い形に変化させていくことに真剣に取り組まなければならないと考えています。