第54回日本周産期・新生児医学会 違和感の正体が少し見えてきた – 2

7月8日〜10日に開催された、日本周産期・新生児医学会の話題の続きです。

この学会は、もともとは日本新生児医学会という名称の学会でしたが、新生児管理の話題だけでなく、新生児が生まれる前段階である周産期管理の話題もテーマとなり、周産期の話題を中心に取り扱っていた日本周産期学会が合併して、現在に至っています。産婦人科医の中で主に産科領域を専門とする医師と、小児科医の中で主に新生児管理を専門にする医師、それに小児外科医を加えた、3診療科合同の学会として大きな規模になっています。年1回の学術集会と、合併前に日本周産期学会が行なっていた年1回の「周産期学シンポジウム」が開かれています。

昨年2月に第35回周産期シンポジウムが開催された後に、このブログでも話題にしたのですが、その時の違和感とそれに付随する問題点が、今回の学会を経て自分の中でより明確になってきました。

18トリソミーに関連した議論に感じる違和感(2) – FMC東京 院長室

今回の学会でも、18トリソミーや13トリソミーのお子さんの出生後管理に関する演題がいくつか出ていました。積極的管理を行うことで、自宅管理可能なケースが増えているというものです。以前にも指摘しましたが、これらの染色体異常のケースがそれなりの数生まれてくることは、他の先進国ではあまり例を見ないのではないかと思われます。また途上国ではそもそも積極的な治療が行われませんので、こういった臨床データは日本独自のものと思われます。そういう点ではある意味貴重なデータではあるし、もし医師たちの努力によって劇的な予後の改善が得られたならば、それは素晴らしい成果だと言えるようになるかもしれません。しかしながら、ここで私が感じる違和感は、先進国の医師ならば皆感じるものではないでしょうか。なぜそれほどの数が生まれてくるのか?なぜそれほど見つかる時期が遅いのか?

そして今回ふと思ったのは、もしかしたら小児科のお医者さんたちの多くは、これが普通だと思っていないかということです。ある程度妊娠週数が進んでから見つかったり、生まれてから診断されたりすることが、普通のことだと思っているのではないか。

そうやって考えると合点がいきます。そうか、小児科のお医者さんたちの多くは、海外ではこれらの染色体異常がもっと早期に見つかるのが普通のことだと知らないんだ。NIPTが普及する前から、妊娠20週ごろの超音波検査で発見可能だということ、最近では11週から13週の検査でも発見されていることを知らないんだ。

しかし、それは無理もありません。実際に見つかってないんですから。

そして改めて気づいたのです。日本では胎児診断はやらなくてもいいことになっていることに。NIPTの普及がどうこうという以前に、超音波による胎児の観察も普及していなかったのです。

日本の医療現場における超音波診断装置の保有台数は、おそらく世界有数のものであろうと思われます。産婦人科を標榜している施設ならば、小さなクリニックでも必ず1台や2台は装備しているはずです。そして、妊婦健診における超音波診断装置の使用頻度もおそらく世界一なのではないかと想像します。それほど頻繁に超音波を使用しているのにも関わらず、なぜ見つからないのか。

要するに日本の妊婦健診では、胎児の観察は標準検査ではないのです。日本産科婦人科学会の産婦人科診療ガイドライン産科編2017には、妊娠中に行われる超音波検査には「通常超音波検査」と「胎児超音波検査」の2種類があることが記されています。「通常超音波検査」のうち、妊娠中期・後期に行われるものの内容は、『胎児発育の評価、胎位・胎向の評価、胎児付属物の評価(胎盤の位置、羊水量)、子宮頸管長の評価』となっており、胎児の構造の観察は含まれていません。胎児の観察は、「胎児超音波検査」でということになるのですが、この検査の位置付けとしては、『出生前検査の一つであり、インフォームド・コンセント後に実施する。したがって、妊婦全例を対象とする標準検査ではない』と記されています。

このガイドラインは、Q&A方式でまとめられているのですが、『CQ106-2 産科超音波検査を実施するにあたっての留意点は?』という項目があり、これへのAnswerとして、超音波検査の目的や内容についての説明を行うことが5項目にわたって記載されているのですが、そのうちの4項目において、『〇〇と説明する(尋ねられたら)』というように、妊婦からの質問がなければ検査内容について説明する必要がないように記載されています。このため、妊婦は自分が通院している施設で行われている超音波検査がどのようなものであるのかについて、全く知らされていないということになります。そして施設によって超音波検査で観察されている内容に大きな違いがあることや、どのような違いがあるかについての情報は与えられていないのです。世界中どこの国に、このような「尋ねられたら説明する」というような書き方がされている奇妙なガイドラインを持つ国があるでしょうか。

 この奇妙なガイドラインの背景には、過去における我が国の出生前検査についての制限の歴史が関係しています。今から約20年前に主にダウン症候群と神経管欠損(二分脊椎など)を早期発見するための検査として開発された“母体血清マーカー検査”が日本に輸入され、急速に普及する流れになった時、これに対する反対運動が起こったことを端緒に論争が起こり、その結果1999年に厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会が、厚生省児童家庭局長名で「母体血清マーカー検査に関する見解」なる文書を発出しました。この中で、『医師は妊婦に対し本検査の情報を積極的に知らせる必要はなく、本検査を勧めるべきでもないというものである。』と明記されました。これによって、全国の産婦人科医の間に、『出生前診断は積極的に行うべきではないもの』という認識が広がりました。これ以来、日本における出生前診断は全く発展しなくなった印象があります。私はこの空気をリアルタイムで感じていました。現在でも多くのクリニックで、妊婦さんが出生前診断について質問した時に、医師が露骨に嫌な顔をしたり、出生前検査をすること自体がよくないことのような態度をとられたり、説教されたりするのは、この時の「見解」が今も影響力を残し続けているからなのです。これ以来日本では、出生前検査については、それが存在することやいつの時期にどのような形で行われるのかなどの情報は、特に伝えないのが普通という状況になっているわけです。従って、日本で出生前検査をやってきた人たちというのは、私を含めごく一部で、その教育を受けたり、経験を積んだりする機会も限られていたということになります。

私は、大学病院時代からずっと継続して胎児の診断を専門にしてきましたし、その分野の仕事を続けて(大学病院では全く違う分野の仕事も並行して行なっていましたが)、常に出生前診断の現場にいましたので、なんとなく自分の経験をもとに、こういう診断が行われたたり前、こういう異常所見はこの時期に発見されてしかるべき、という感覚を持っていましたが、そのような場所にいた人でなければ(例えば研修医時代からどのような現場で教育を受けてきたか、経験を積んだかの違いで)、胎児の異常所見に気づくこともないことが、大学病院から外に出て働いた経験により、実感としてわかりました。そして、この国で妊婦健診を担当している医師の多くは、そういう経験を積んでいない人たちなのです。

私たち出生前検査・診断を専門としている医師が、日本周産期・新生児医学会に参加して感じる違和感。これは、私たちが普段実施している診療と、新生児科の医師たちが受け入れて苦労しているケースが普段の健診を受けていた施設での診療とのあいだに、大きな開きがあるからだったわけです。新生児科の医師たちが、産科医は出生後のことを何もわかっていない、生まれてきた赤ちゃんたちがどのように育って行くのかについて、全く興味がない。と嘆く声を聞くにつれ、いやそんなことはないと反発する気持ちがありましたが、冷静に考えてみるとさもありなんとも思います。なにしろ、妊婦健診を実際に行なっている全国の多くの医師は、産婦人科とはいっても、もともと産科・周産期領域の分野が専門ではない人たちだったりします。ただでさえ多忙な産婦人科医で、なおかつ産科・周産期領域が専門でない医師たちは、日本周産期・新生児医学会の学術集会に参加したこともなければ、会員ですらないのです。この学会でどのような議論が繰り広げられているのかなど、知るよしもないと言っても過言ではないでしょう。学術集会で感じる違和感、新生児会の意識とのギャップの根本原因は、妊婦健診を実際に担当している産婦人科医の中にあるギャップだったのです。

だからこそ、今回のシンポジウムでも、日本の妊婦健診のあり方・しくみを変えるべき、妊婦健診と胎児の検査は別のものとして独立して行い、全ての妊婦が平等に決まった胎児の検査を受けられるような体制作りが必要という意見を開示しました。この学会から意見を出して、それが日本産科婦人科学会や日本産婦人科医会を動かす力になるべきであると考えています。