女の子?男の子?

当院を受診される方の多くは、胎児に何か異常が見つかるかもしれないという不安を漠然と抱えておられますので、医師の一挙手一投足に敏感に反応されます。胎児を観察する際に、より正確な断面でより確実な診断をしようと思うと、状況によってはこれで確実!と言える像を得ることが困難なことがあり、検査に神経を集中させる必要が生じます。そうすると医師はついつい無言になり、顔も険しくなります。そうなんです、医師が険しい表情で無言になって画面を見つめているからといって、胎児に問題があるわけではないのです。真剣に検査しているだけなんです。もう軽口を叩いている余裕もないのです。ご夫婦の性格によっても違いがあるのですが、私が黙っていると不安が増幅する方々がおられるようで、診察室には妙な緊張感が漂い、張り詰めたような雰囲気になってしまうこともあります。このようなときは内心たいへん申し訳なく思っているのですが、仕方がありません。

さて、そのような緊張感の中、検査が進むにつれて徐々に胎児に問題が見られないことがわかってくると、次の興味に考えが移ります。その中で、最もよく聞かれる質問が、胎児が女の子なのか、男の子なのかという質問です。妊娠中期における検査(当院では妊娠18週から20週を基本としています)の時ならば、通常は問題なくお答えできる質問ということになりますが、妊娠初期の検査(11週から13週)では、そうはいきません。

これから生まれてくる子は、男女どちらなのだろうか?という興味は、誰の頭にも浮かぶごく普通のことと思います。しかし、厳密にいうとこの質問に明確にお答えすることは容易ではありません。その場ではあまり細かいことを言っても仕方がないので、まだ明確にはわからない時期なんですと説明するようにしているのですが、実はこの質問には以下にしめす二つの思い込みに基づく誤りがあるのです。

1. 「超音波検査で形を見れば、男女の区別がつく。」という誤り。

2. 「性別は女と男の2種類。」という思い込み。

 

1. 「超音波検査で形を見れば、男女の区別がつく。」という誤り。

当院で行なっている妊娠第1三半期の検査(FMFコンバインド・プラス)の時期には、それまで産科外来で見ていた胎芽・胎児と違って、胎児の外表的な形態は、すっかり人間らしい形になっています。最近は、3D/4D超音波の技術も向上し、本当に人間の形をしているのだと実感できるようになってきています。このため、形からイメージして、もうすっかり私たち外界で暮らしている人間と同じ状態を当てはめて考えてしまいがちで、「何してるんだろう?」とか、「何を考えているのだろう?」とか、いつ起きていつ寝ているんだろう?」とかと言った疑問が湧いてくることもあるようです。しかし、実際には胎児はまだやっと大まかな形が人間っぽくなったにすぎず、全く未熟な状態ですので、何も感じませんし、何も考えないし、寝るも起きるもないのです。

人は生き物の形をしていたら、人形やぬいぐるみにさえ感情移入してしまうものですから、胎児が人間の形になって活発に動いているところを目にしたら、愛着やシンパシーが目覚めることは当然のことでしょう。毎日検査対象として観察している私たちとは全然違った思いで胎児の姿を見ておられることでしょうから、野暮なことはあまり言いたくはないのですが、検査として考えると、冷静に科学的に考えないといけない部分があるのです。

さて、そういうわけで、胎児の大まかな形態は人間らしくなっていても、細かいところはまだできていないので、ほとんど機能していない臓器もあるし、脳などはまだスカスカです。では外性器(外陰部)はどうなのでしょうか。

妊娠11週〜13週の頃の胎児の外性器の形は、まだほとんど男女の区別がつかない形です。もし、子宮の中を透視する技術があって、直接股の部分の形を寝で見ることができたとしても、その見た目で男女の区別をすることは至難の技でしょう。だから、4D超音波で人間らしい形が見えると、ちょっとした突出があるように見えたりした時に「もしかして男の子じゃないですか?」などと聞かれることもよくあるのですが、その画像では全くわかりません(ほとんどの場合それはへその緒の付け根付近です)。それでは、男女の区別をするすべが全くないかというと、実はある程度の判断が可能なことがあります。

そもそも性器は男女ともに大元は同じで、男性型になるための遺伝子からの情報やホルモンの作用がないと、基本的にはみな女性型に形作られていくようになっています。つまり男性型になるための情報伝達があって初めて男性型に変化していくわけです。妊娠11週〜13週の検査で見ているものは、この変化のまだ始めの方の段階と言えるでしょう。このため、胎児が女性であっても男性であっても、その形にはほとんど差がないわけです。では、どこで見分けることが可能なのか?外陰部がつくられる大元・原型は、妊娠8週未満の段階では、生殖結節、総排泄腔襞、生殖隆起から形成されています。これらは男女共通です。このうち生殖結節は将来女児では陰核に、男児では陰茎に変化していく部分ですが、この部分は少し突出した形をしているので、超音波検査で見つけやすいのです。この部分を観察することが、男女の見分けに役立ちます。この部分の突出はもし直接見ることができたとしても、ほとんど同じようにしか見えないのですが、超音波断層法で正中矢状断面を描出すると、その突出する角度に男女間で違いがあることがわかります。この違いは、週数が進むほど明瞭になりますので、例えば11週で見るよりも13週で見たほうがよりわかりやすいのですが、それでも判断はそう容易ではないのです。

 

2. 「性別は女と男の2種類。」という思い込み。

性別というのは必ずしも女と男の二つに分けられるわけではない。という話をすると、最近は、「ああ、LGBTとかそういうのですよね。」とおっしゃる方が多いのです。それだけ性同一性の障害に関する認知度が高まってきつつあるのだろうと思います。しかし、それとはまた違って、体の構造上明確でないものや、染色体の性と体の構造上の性とが一致しないようなケースが存在するのです。

前述したように、外性器の基本形態は女性型であり、これに遺伝子からの情報やホルモンの作用が加わって男性型になっていくわけですが、外性器と同様に内部の構造も、大元は同じです。

そもそも男女の違いは何かというと、何よりもまず染色体です。受精した精子がX染色体を持っているのか、Y染色体を持っているのかによって、受精卵における染色体の組み合わせがXXになるのか、XYになるのかの違いが生じます(時に受精卵において、XXX, XXY, XYYなど3本になったり、X1本だけになったりということもありますが、ここでは省略します)。そして、通常XXであれば女性、XYであれば男性というのが、普通に説明されていることでしょう。染色体の写真をご覧になった方もおられると思いますが、X染色体に比べてY染色体はたいへん小さいので、男性はなんだか情報が足りてないんじゃないかと感じるかもしれませんが、そうではなくてX染色体は複数あっても1本をのぞいてあとは不活化されているのです(ただし、全く何もしていないわけではないことは、Xが1本の場合(ターナー症候群)には、いろいろな症状があることよりわかります)。そして、この小さいY染色体が、実は男性の形と機能のために大事な役割を果たしているのです。

性の違いの根本となる性腺(卵巣・精巣)の違い、これらはもともと発生段階のごく初期には未分化性腺という状態なのですが、Y染色体上に存在するSRY遺伝子の働きで、未分化性腺は精巣に分化します。SRY遺伝子の働きがないと、卵巣になるのです。そしてこの性腺からのホルモン分泌によって、内性器(子宮・卵管・腟上部、精巣上体・精管・精囊)が形作られていきます(細かくいうと女性の内性器はミュラー管から分化し、男性の内性器はウォルフ管から分化します。女性ではウォルフ管、男性ではミュラー管は退化します)。このあたりのことを知ると、生物が発生し、その形が作られていく過程は、なんと精巧にできているものかと感じると同時に、精巧であるがゆえにわずかな狂いが生じることだってあり得ることが容易に想像できるようになります。

例えばSRY遺伝子に変異が生じることによって、機能不全を起こすと、染色体がXYであるにも関わらず体は女性になることがあります。あるいは、精子が作られる際にSRY遺伝子がY染色体からX染色体に移動することが起こり、SRYを持つX染色体の載った精子が受精すると、染色体はXXであるにも関わらず男性になります。

性腺から分泌されるホルモンの分泌不全が起こると、性器の形態に異常が生じますし、ホルモンが正常に分泌されていても、それを受け取る側の器官の構造や機能に異常があると、やはり性器の形はきちんと形成されません。染色体がXYで、精巣が存在するにも関わらず、外性器の形は女性型になるケースがあります。精巣から分泌される2種類のホルモン(一つは女性型の内性器になるミュラー管を退縮させる、もう一つは外性器を男性型にする)の片方のみがうまく伝わらず、外性器は女性型であるにも関わらず、子宮や卵巣を持たない人がいます。このような場合、思春期までは疑いなく女性として育ちますが、月経が来ないことをきっかけに発見されることがあります。

生まれてきた時点で、一見男性なのか女性なのか判別がつけがたいケースもあります。このような場合、どのように治療や養育を進めていくべきか、どちらの性を選択することが本人にとって良いことなのか、たいへん難しい判断になることがあります。

そして、このようなケースの中には、その原因が遺伝子の変異によるものが存在します。そうすると、このようなお子さんを持たれたご夫婦は、次回以降の妊娠においても同様のことが起こることを想定しなければならないこともあるのです。

このように、様々な難しいケースの存在を知っていると、性別について単純に考えることができなくなります。もちろん、このようなケースは稀なので、当事者や医療関係者ではない一般の人々が、胎児の性別について無邪気に知りたいとおっしゃることを否定するつもりは全くありません。しかし、そう簡単なものでもないことも知っておいていただけると良いかもしれないし、私たち医師はその判断に慎重にならざるを得ないこともわかっていただけるとありがたいと感じます。

 

私は、すでに染色体検査の結果が判明している胎児の、妊娠中期の超音波検査の際に、外性器や内性器の観察を行って、「染色体と一致していますね。」と口走ることがあります。検査を受けている側からすると、「この人は一体なにを言っているのだろう?」と思われているかもしれません。実は、前述したような問題が見つかることがないのか、慎重に確認しているのです。余計なことを口走らなければ良いのにと思われるかもしれませんが、これはまあ例えば駅員さんの『指差点検』のようなもので、声に出すことによって抜けがないことを自分なりに確認しているので、気になるかもしれませんが、ご容赦ください。妊娠初期の超音波検査の時に、心臓が左で胃も左などと言っているのも、同じく『指差点検』的なものです。こういうことはいくつかあるので、気になる時には、「それはどういうことですか?」と聞いていただいても構いません。多くの場合、ただ単に正常であることを確認しているだけで、自分なりに注意を怠らないようにするだけの意味でしかありません。