世間のみなさんにはピンとこない話かもしれませんが、、、いま日本人類遺伝学会では、理事・監事選挙がはじまっています。これに関連して、怪文書(?)が回ってきました。これが業界内部では物議を醸しているのです。
本当は私、政治的な争いとかには興味がないし、あんまり関わりたくもないんです。そもそもそういうの得意ではないし。クリニックで地道に人のためになる診療を続けていきたいのです。しかし、このところの当院の予約状況や受診妊婦さんの傾向を見ていて、開院した当初(4年前)との違いを身に染みて感じると、おとなしくじっとしているだけではダメだという思いもあり、『出生前検査の適正な運用を考える会』という名称のグループを作って、日本産科婦人科学会に意見書を提出したことは既報の通りです(無視されましたが)。
受診妊婦さんの傾向で大きく変わった点とは何か、それは、NIPTを受けた/受けるので、超音波検査のみやってほしいという方がかなり多いことです。ある日などは、超音波検査を行う人のほぼ全員がNIPTを受けた人でした。何が悲しくて、本来当院で行うべき検査を産婦人科ですらない拝金主義の施設に持っていかれて、面倒な説明や対応などを時間をかけて行う部分だけを下請けのようにやらなくてはいけないのか、と思います。
私たちの意見書は無視されましたが、日本産科婦人科学会の新指針に基づいた検査の実施も厚生労働省からストップがかかる形になってしまいました。このことに一定の影響力を発揮したのが、日本小児科学会と日本人類遺伝学会から出された声明です。
以下は、日本人類遺伝学会から出された意見表明です。
母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)に関する新指針(案) に関する日本人類遺伝学会の意見表明 (2019 年 3 月 29 日)
私は、日本人類遺伝学会の評議員を務めています。しかし、この意見表明には全く関わっておらず、このような内容のものが出されることも知りませんでした。そして正直言って、この内容には違和感があります。なぜこのような評議員が違和感を感じる文書が学会の意見として出されたのでしょうか。おそらくそれは、専門委員会が担当しているからです。委員会は担当理事及び理事会がメンバーを選んで結成しているので、一般会員はおろか評議員といえども意見できません。学会が出す意見表明は、必ずしも会員の考えを代弁しているわけではないのです(多くの会員がいて様々な意見があるので仕方がないのですが)。
というわけで、学会としての意見表明など重要な決定事項は、理事会が決定しますので、理事会の構成メンバーがどうなるかということは、この分野の専門家にとっては重大な問題につながります。理事選挙の選挙権・被選挙権は評議員にありますので、これに先立つ評議員選挙も重要なものです。
意見の相違が大きい問題がある場合に、どうやって結論につなげていくのか、私は学術団体というものは、学問でこれを解決に導く努力をするものだと考えていました。さまざまな考えの違いや立場の違いがあるのは当たり前のことで、ものの見方も視点を変えると違って見えるものです。学問の世界では、いろいろな意見を傾聴し、尊重すべきものは尊重し、同意できない部分については意見を戦わせて正解に近づけていくべきものです。学問をするものは、自分の考えが必ず正しいとは限らないという姿勢を持っていなければなりません。自分の考えとは違う意見を力で抑えようとするべきではありません。
しかし、実際にはそうではない現状があります。学会の評議員選挙や理事選挙では、自分が所属するグループの意見が通りやすいように多数派工作を行うような、まさに政治の世界の駆け引きがあるのです。まあどこの世界にもある程度そういうことが起こることは仕方がないことかもしれません。民主主義の純粋でない側面として、そのような動きの存在は許容しつつ、しかし個々の構成メンバーの純粋な学問に向かう姿勢を信じて、意見を伝えていく形で対応していくしか無いのだとも思います。
だから私自身は、政治活動的なものに勤しんでいる人たちを横目に、いろいろなお誘いがあろうとも基本的には自主投票する立場で臨んできました。例えば日本産科婦人科学会の評議員選挙の場合などは、毎回出身大学医局から票をくれという依頼が来ますが、独立した立場でやってきました。(だから意見しても軽く無視されてしまうわけですが)
そんな中、最初に書いたように、怪文書(?)が回ってきたのです。
それは、日本人類遺伝学会の前理事長であり、現在監事を務めておられる、福嶋義光信州大学医学部名誉教授・特任教授から、この度の評議員選挙で新しく選出された評議員のうち、産婦人科医を除いた人たちに配布されているとのことでした。
日本人類遺伝学会は、遺伝学に関係する専門家の集まりです。以前は小児科医の会員数が多く、産婦人科医はやや少なかったのですが、近年産婦人科医が増加傾向にあります。また、この二つの診療科以外にも遺伝医学の重要性は広がってきており、特に近年は腫瘍の分野において、その予防や治療へつなげる大事な情報に関わる学問として注目されています。遺伝学はいまや、臨床の分野では全診療科にまたがる学問であるとともに非医師の職種の関わりも大事になってきていますし、研究の分野では医師以外の研究者や技術者が活躍する場でもある大きな学問なのです。
このように広い分野から専門家が集う学会となっているがゆえに、会員間には立場や意見の違いも多くあるので、これらをまとめていくには理事会の手腕が重要なわけですが、今回配布された文書は、理事会のメンバーを決める理事選挙において福嶋前理事長ご自身が誰に投票しようと考えているかの意思表示をしたものでした。それとともに、ご自身の感じとしての留任を希望されています。事情をよく知らない人から見ると、この文書がなぜ“怪文書”と言われなければならないのかさっぱりわからないと思います。しかし、前理事長をおつとめになり、2017年の日本人類遺伝学会第62回大会では、学会の『貢献賞』を受賞された権威の発言・意思表示にどれほどの影響力があるかを想定し、その内容と合わせて考えると、問題が多いことがわかります。
次のエントリーで、この全文を公開したいと思います。