18トリソミーという染色体異常について、一般にはどのくらい知られているものなのでしょうか。私は、もっと知られていると勘違いしていました。
長年にわたり、胎児診断の世界に身を置いていたために、私たちの感覚と一般の人たちの感覚に大きな違いがあるということが、頭ではわかっていても、それがどれくらい違うものなのかということについては、直観的には想像がつかなくなっているのでしょう。
それが想像以上なのだろうなと思わせることを、いくつか経験しました。
- 診療の現場で、18トリソミーがこれほどまでに知られていないのだなと思うことが度々ある。
- 日本周産期新生児医学会で、テーマとしてとり上げられた際に、考えさせられたことがある。
これらについて、少しづつ述べていきたいと思います。
NIPT(母体血を用いた出生前遺伝学的検査。いわゆる“新型出生前診断”)が実施されるようになり、日本ではこの検査が現在対象としているのは、3種のトリソミー(21トリソミー、18トリソミー、13トリソミー)に限られているという内容の記事も多く出ていることと思いますので、情報に敏感な方は、“トリソミー”という言葉を多く耳にしておられるはずだと思います。しかしながら、私たちが考えている以上に、18トリソミーや13トリソミーについては知られていないようです。
当院を受診される方は、比較的年齢の高い妊婦さんが多く、来院までに多くの情報収集を経てこられる方が多いのですが、それでもダウン症候群と、18トリソミー、13トリソミーの違いについては知らなかったり、その他にも数々の染色体異常があることや染色体が正常でも胎児において見つかる可能性のある多くの疾患があることをご存知なかったりすることがけっこうあるのです。
最近わかってきたことは、胎児の異常といえばダウン症候群としか考えていない方がかなりの数おられるようだということ(だから出生前検査の話題がとり上げられるとき、ダウン症候群の話しか出てこないことが多いのかと変に納得しました)や、3種類のトリソミーと記事に記載されていたりしても、それらすべてがダウン症候群だと考えておられる方も多いことです。
当院を受診される方々ですらそうなのですから、普通に一般的なクリニックに通っておられる妊婦さんや、ましてや妊娠を身近に感じる機会の少ない方々など、考えたこともないし、まったく想像のつかない世界なのかもしれません。
NIPTが実際にこれらを対象にしているのですから、18トリソミー、13トリソミーについても、もっと情報提供がなされ、認知度が上がっていく必要があると思っています。ただし、そのときにどういった情報が、どういった形で広まるかについては、十分な注意が必要でしょう。この点についても、考えていく必要がありそうです。
実はNIPTの先進国では、これらのトリソミーを対象にするだけでなく、そのほかの疾患についても、どこまでわかるのか、どこまで調べるべきなのか、多くの議論がなされています。
たとえば、22q11.2欠失症候群などは、通常の染色体検査では発見することができない難しさがある診断の難しい疾患ですが、じつはこれが、2000〜5000人に一人出生し、この数は18トリソミー(約3000〜8000人に一人)よりも多いのです。しかしおそらくこの疾患についてマスコミなどで話題にのぼることは皆無に近く、この疾患を知っている人は、日本にはほとんどいないと思われます。
日本で出生前診断について議論が行われる際に、いったいどれほどの人が、ダウン症候群以外の疾患について考えの中に含めて議論に参加しておられるでしょうか。
あかちゃんの病気や障害について、日本では情報提供やサポート体制が、たいへんに遅れているように感じられます。そんな中で、実際に障害に直面しておられる方々が、出生前検査が広まっていくことに危惧を感じられることはもっともだと思います。
しかし同時に、発展した検査・診断技術が普及しないと、せっかく解決に近づく可能性のあることがわからないまま、問題が解決されないままに時が過ぎていってしまうこともまた問題なのです。検査・診断技術の普及もさることながら、その前にまず、疾患の存在そのもの、疾患をもつあかちゃん、子ども、おとなの存在、その実情や、疾患そのものや罹患児・罹患者をとりまく周囲の問題点など、いろいろな情報がもっと広まるようになることが大事なのではないかと考えています。