みなさま、新年あけましておめでとうございます。
昨年は、新型コロナウイルスに振り回された一年でしたが、今年はどうなるでしょうか。年頭にあたり、今年どういう姿勢でことにあたるべきか、考えてみたいと思います。例年ですと、それほど明確ではないにしても、ある程度の目標など設定し、こういう結果を残そうなどと構想したりもするのですが、昨年の混沌がまだおさまらない現状です。具体的な目標よりもまず、基本姿勢を決めておくべきと考えたのです。
私たちを取り巻く状況はどうなっているか
当クリニックは、2015年9月に開院し、それからまる5年を経過しました。前身の胎児クリニック東京時代を合わせると足掛け7年以上、出生前検査に特化した診療を行ってきたことになります。海外ではスタンダードなのに、日本では全くといっていいほど行われていなかった、妊娠初期の超音波と血清マーカーとを組み合わせたコンバインド検査を主力業務とし、妊娠中期の精密な超音波検査、羊水検査や絨毛検査などをきちんとした遺伝カウンセリング体制のもと、行なってきました。また、胎児の検査に限定せず、遺伝的疾患に関連した相談や特殊な遺伝学的検査の実施など、診療の幅を広げてまいりました。
開院時期は、ちょうど日本にNIPT(マスコミが言う“新型出生前診断”)が導入される時期にあたり、出生前検査を総合的に扱うクリニックとして、当然この検査も当院で行う検査のラインナップに加えることを視野に入れ、準備を進めてきました。
おかげさまで、多くの妊婦さんに受診していただき、日常臨床を行う医師たちからも高評価をいただき、学会や研究会などでのプレゼンテーションの成果もあって、専門家集団からも専門的な診療をきちんと行うクリニックとして認知されてきました。
その一方で、アカデミアや公的病院ではない個人のクリニックで、このような特殊業務を一手に引き受けると言う形態が極めて珍しいこともあって、既存の仕組みの中での枠組みに嵌りづらいのか、学会が決める施設認定の基準から外れてしまい、NIPTの実施施設として認定されないという状況が続いています。既に認定を受けているどの施設よりも、羊水穿刺などの検査を数多く実施しているにもかかわらず、そうなってしまうことは、この認定の基準そのものとこれを厳密に遵守することを金科玉条のように扱う委員会に問題があると思うのですが、個人の力ではどうすることもできません。このため、開院から5年以上(前施設も含めると7年以上)経った今も、当初考えていた診療の形が整っていません。
もともと私は、妊娠初期における染色体異常スクリーニングの主流がコンバインド検査からNIPTに移行することを視野に入れて、血清マーカー検査を自前で行う機器は導入せず、検査会社に外部委託する方針にしましたが、このような状況に陥るなら、院内検査にしたほうがよかったでしょう。まさかこんなふうに足を引っ張られるとは、想像もしていませんでした。
そんな中、最近になって、コンバインド検査を行う施設が国内で増加傾向になってきました。これは、NIPTが話題になり、学会認定を受けない無頼クリニックがどんどん増加して積極的に宣伝をしていることから、出生前検査の認知度が高まり、検査を希望する妊婦さんが増えてきたこと、それでいて多くのクリニックが認定を受けることが叶わないことが関係しています。産婦人科のお医者さんたちは、超音波診断技術を磨けば、せめてコンバインド検査はできるようになるというところに目をつけだしたのです。海外だと、本来ならコンバインド検査はだいぶ前から普及していて、それがNIPTにとって替わられようとしている時期に、日本ではNIPTが先に入ってきて、今になってコンバインド検査が増えつつあるという、これまたおかしな状況になっているのです。
私たちの強みは何か
私たちは、この国の出生前検査・診断をリードしてきた立場から、産婦人科医師の診断技術向上を目的に、講習会を開いてきました。そういった努力も、コンバインド検査の普及傾向に寄与していると思います。この部分は学会も、既存の大学病院や総合病院などの卒後教育機関も、あまりその役割を果たしてきませんでした。そういう努力をしつつ、常にこの分野の検査の新しい技術を取り入れ、総合的に取り扱うことが、私たちの行うべき診療と考えていました。しかし、NIPTを行うことが叶わないために、今も現在の主力業務としなければならないコンバインド検査について、これから扱う施設がどんどん増えるというのでは、当院にとっては脅威にもなります。既存の施設や新たに開院する施設のいくつかが、出生前検査に力を入れようとしているという話を耳にすることが多くなってきて、脅威に感じています。このような状況の中、私たちは何らかのアドバンテージを示すことができるのでしょうか。
そもそも超音波検査の質について、その違いはあまり知られていません。時々、妊娠中機の超音波検査を当院で予約していた方から、「かかりつけでも同じ検査を行っていることがわかったので、キャンセルします。」と連絡が来ることがあります。実際にどの程度の検査を行なっておられるのかを把握することができませんので判断は難しいのですが、「同じ検査」と言われると、本当かな?という疑問が湧きます。
超音波検査は、診断装置をあてさえすれば画像は表示されますので、医師がじっくり観察しているようなら、その質の違いは認識されにくいものです。しかし、どの断面をどう表示するのか、どの部分をどう見るのか、ある所見を得るためにはどういった技術を駆使するのかなど、画像表示が容易なように見えて、専門医が行うのと一般の産婦人科医が行うのとでは、違いが随所にあります。この点をわかっていただくのはなかなか難しいのですが、この部分は、強くアピールしたい部分なんです。
しかし、それ以上にわかりづらい、表に見えない仕事があります。
当院だからできる、表に出ない大事な仕事
この年末年始、クリニックでの診療は12月28日に終了し、再開は1月4日で、12月29日から1月3日までの6日間はお休みをいただいております。しかし実は、この間にもクリニックの大事な業務は動いています。
たとえば、昨年末の診療終了後に以下のようなことがありました。
当院では、診療最終日まで絨毛検査・羊水検査を行いました。大学病院などでは、もうこの時期には検査はできないとか、検査結果は年明けになるというところが多いのですが、年内ギリギリまで迅速検査の結果を出してくれる検査会社もあるのです。可能な限り年内にわかった迅速検査の結果を伝えてあげたいということで、診療が終了しても、検査会社とのやりとりや、その結果を電話などでお伝えすることは、遺伝カウンセラーが時間を削ってギリギリまで行います。
少し前の検査で胎児に染色体異常が見つかり、出産を希望される方と、中絶を希望される方がそれぞれおられました。出産を希望される方では、比較的症状が重いことも想定される染色体の問題がありましたが、胎児の出生後に起こりうるさまざまな問題にできるかぎり対応してもらいたいという希望を口にしておられましたので、希望に沿った対応をしていただける医療機関があるかどうか各所に連絡をとり、転院先の選定にあたりました。予後不良であることが想定される場合の妊娠管理、胎児・新生児への対応は、医療機関によってさまざまです。担当する産科医・新生児科医・外科医それぞれや、チームとしての考えもさまざまで、どの施設が本人の希望に沿う選択たり得るか、複数箇所の医師に相談が必要でした。一方、中絶を希望される方は、里帰りを希望しておられました。コロナ禍で移動もままならない上に、里帰り先の医療事情まで把握することは容易ではありません。その上、妊娠中期の中絶は、分娩を扱う施設で行う必要があるのですが、扱っていない医療機関も多く、また、扱うにしてもどこまで丁寧にケアしてもらえるかにも違いがあります。このあたりの情報はなかなか掴みにくいのですが、今回は、幸いにして里帰り先に近い病院の医師から候補となる施設についての情報をいただくことができました。
胎児に生後早期の治療が必要な疾患が発見された例もありました。染色体検査の結果が年末に得られたのですが、この方は地方在住で、また別の地方に転居予定でした。転居予定先で出産する病院は既に決めておられたのですが、この病院では生まれたお子さんの治療が不可能でしたので、新たに治療に対応していただける病院を選び直さなければなりません。このケースも、複数の候補の中から、転居先の大学病院の医師に繋ぐことができました。もともとのかかりつけの病院では、他の地方の施設までは把握しきれないため、その地域の基幹病院への転院しか選択肢がありませんでした。
妊婦さんや胎児の状況に応じて、転院先を決める作業は、一般的なクリニックでは不可能です。多くは、普段から何かあれば紹介している地域の基幹病院や出身医局の大学病院に紹介するのが関の山です。しかし、胎児の問題はさまざまなものがある上に、妊婦さんの事情にもいろいろな難しさを伴う場合があります。大学病院や基幹病院だからといって、ベストの対応になるとは限りません。転居や里帰りを考える場合や、中絶(大学病院などでは普通扱いません)を希望する場合など、きめ細かく対応することは困難です。
なぜ、当院ではそれが可能なのか。まず、当院が完全に専門特化した施設であるために、一人一人に対して時間と手間をかけることができるという点があります。次にネットワークの構築があります。なんといっても二名の医師(中村・山田)と二名の認定遺伝カウンセラー(田村・井原)が、これまで培ってきた経験と人脈がものをいうのです。この地方のことならこの人に聞けばいい、この分野の専門家はここにいるというような知り合いが、各地に思い浮かびます。これらのネットワークを最大限に活かします。当院には、事務部門、診療部門とともに、医療情報・遺伝カウンセリング部を置いています。この部門は、単に遺伝カウンセリングを行うだけではないので、名称に『医療情報』がついているのです。昨年末の診療後も、中村と田村の情報網をフル回転しました。
前記した以外にも、年内に解決しておきたい依頼や年越しの問題がいくつかありました。例えば、難しい遺伝性疾患に対する遺伝カウンセリングの依頼を地方から受けたり、現在お子さんが通院中の病院には専門家がいないために検査や評価がうまく進まないことを悩んでおられる方を、当院経由で専門施設に紹介したり、当院で診断したのちに紹介元に戻した複数のケースについて、紹介元の医師と連絡をとってフォローしたり、さまざまな表に出ない業務が現在進行形で進んでいます。年初からまた張りきって働きます。
本年もよろしくお願いいたします。
私たちだからできる仕事、私たちでないとできないような仕事が、当院にはいくつもあります。表向きは、同じような検査・診療を行なっているような医療機関が増えたとしても、これまでの経験のみならず今も積み重ねているたくさんの経験を活かして、この役割を担う施設は、すぐには作れるものではありません。今年も私たちならではの強みを活かして、受診する方々やそのご家族、医療従事者、そして一般の方々など、より多くの人々から認知され、信頼を勝ち得ることができるよう、邁進していきたいと考えています。