出生前検査に関する専門委員会。国の方針は?

2021年3月17日、NIPT等の出生前検査に関する専門委員会の第5回が開催されました。

 資料が公開されています。

NIPT等の出生前検査に関する専門委員会(第5回)の資料について

 ZOOMで会議を視聴することができましたが、ここへきてようやくまとまりつつあるようですね。担当者の方々、頑張られたなと思いました。何よりも進展したことは、情報提供と検査実施体制の大枠が示されたことでしょう。

1. 国として、主体的に情報提供体制を整える姿勢が示された。

2. 相談支援体制の整備。女性健康支援センター事業に予算がついた。

3. 検査実施体制としては、国・専門家・当事者が加わった協議体を形成して施設認定などを行う主体となる。

 この基本方針に基づいて、ディテールを詰めていく作業に入る流れとなり、ようやくまとまりつつあるなという印象となりました。

4人の委員からの資料の提示とご発表

 会議の流れとしては、まず4人の委員からのプレゼンテーションがありました。

()内は、現在の肩書きと代表していると想定される立場

1.三上幹男委員(東海大学産婦人科教授)(日本産科婦人科学会)

2.和田和子委員(大阪母子医療センター新生児科主任部長)(日本小児科学会)

3.柘植あづみ委員(明治学院大学社会学部教授)(NIPTのより良いあり方を考える有志)

4.堤正好委員(日本衛生検査所協会理事・顧問)

プレゼン資料は上記リンクに公開されています。少しずつ感想を述べておくと、

1. これまでに、より適切な検査提供体制を整えるために必要なことを検討してきた学会の取り組みとして、厚労省の研究班(小西班)の成果の紹介がありました。この内容については少し気になる点や誤りではないかと思われる部分があり、これについても別に言及したいと思います。学会としては、出生前検査にとどまらず、着床前診断の扱いなど生殖医療・生命倫理の問題全てを包括して協議できる公的運営機関の設置を望む提案がありました。これは尤もな話で、お話を聞いていて、海外と比較して日本ではなぜこれほど法整備に遅れが生じるのかという問題を強く感じましたし、医学の専門家と立法・司法の接点が希薄なのか、専門家が専門家としていまひとつ尊重されていないようなそれでいて時に無責任に仕事を投げられているような印象を受けました。

2. これから生まれてくるお子さんのことについて適切な情報提供を行う役割で、小児科医の存在は大事ですし、その立場から出生前検査の現場にも積極的に関わる必要性は揺るがないとは思うのですが、厚生労働省が20年あまり直接タッチしてこなかったことと同様に、小児科学会もNIPTの登場までは、しばらくの間出生前検査の問題について目を向けている印象がなかったことが気になっていました。何か急に危機感を持たれたというか、これまでは産婦人科医が消極的だったので、気にしないでいられたということでしょうか。そんな中で、出生前検査の全体像や現実的問題について、どこまでお分かりいただけているのかが気になりました。先日の倫理委員会公開シンポジウムの時にも感じたことですが、生まれてきたお子さんしか見ていない立場(仕方のないことですし、逆に産婦人科医は産まれる前しか見ていないという意見もあるでしょうし、だからこそ連携が必要なのですが)の考えに偏りすぎる心配があるので、その点について意識を持って臨んでいただけると嬉しいです。

3. 女性を中心に据えて考えた場合という副題で、提言をされました。情報提供の際に医療者自身の価値観を反映させないこと、女性の意思決定を尊重することなどが提言に含まれます。このような立場からの提言が、実はこれまでの議論ではあまりなかったように思いますし、最も重要な視点だと常々考えていました。2020年6月に関係各所に送付された提言は以下です。

https://niptpgd.blogspot.com/2020/06/nipt.html

これに関するブログ記事は以下

「NIPTのよりよいあり方に関する提言」が関係各所に送付されました。 – FMC東京 院長室

この提言は、とても重要な内容を含んでいますので、次の記事で再度取り上げたいと思います。

4. 検査を扱う立場から、検査の精度管理についてのお話でした。これまで遺伝学的検査について十分な解析能力を持った施設が国内にはほとんどなかった中、医療法の改正により、国外の検査会社への衛生検査所を通さない形での依頼ができなくなったことや、これによってただでさえコストのかかる検査に中間マージンも発生する問題など、私たちは難しさを感じながら検査を行なっています。この部分の議論も、並行して良い方向に進んでくれることを望みます。

総合討論

この後、総合討論となりました。

主に、資料5、資料6の内容についての議論となっています。これまでの議論を踏まえて、厚生労働省が案としてまとめたもので、ようやく形になってきたと感じられました。

資料5

https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/000754426.pdf

資料6

https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/000754427.pdf

 委員の方々それぞれが、それぞれの立場からの疑問点や提言を表明されましたが、お話を伺いながら思ったこと考えたことを、ここでは箇条書きで示しておきたいと思います。

・この委員会の名称は、『NIPT等の出生前検査に関する専門委員会』だが、結局NIPTメインで考えられている印象だ。NIPTの普及をきっかけに議論が再燃したことは事実だが、その向こうにはもっと幅広い『出生前検査・診断』の世界が広がっている。その全体像を捉えて考えるべきということを忘れてはならない。

・担当者は、上記のことを理解・意識しているとおっしゃっていたが、どうもあまりそこまで深くわかっている印象ではないと私は感じる。

・『NIPT認証拠点施設』という表現は、日産婦の新指針作成の中での考えを踏襲しているように見受けられるが、「さまざまな専門職が在籍する周産期医療機関等」という想定が果たして適切なのか。この点について疑問視している人は少ないと思うので、問題提起したい。→ これについては、次の次の記事にしたいと思います。

・女性健康支援センター事業の推進には、ぜひ期待したいと思う。課題は、期待されるようなちゃんとしたセンター業務が実現できるかどうかだろう。人材育成や運営体制、医療機関との連携体制の構築など、難しい課題がたくさんある。何よりも、専門家たる産婦人科医の多くが、知識や経験に不足しているという現状がある中で、センター事業を推進できる人材を育成・確保できるのだろうか。教育の問題も含めて、すごく大きな課題だ。

・今回最も大きな問題として認識されていることは、学会非認定の施設の横行であり、それはもちろんその通りなのだが、その一方で認可の仕組みや認可施設そのものにも問題があったという指摘(中込委員など)があった。まさにその通りだと思う。

 私たちが一番認識しないといけないと思うことは、出生前検査・診断について、国内には専門家がほとんどいないという事実でしょう。それはなぜそうなったかというと、文字通り20年以上出生前検査・診断が「積極的に行うべきではない」こととして、扱われてきたからです。このことによって、専門家が育たなかったのです。だから、この問題について産婦人科医を専門家とみなして頼りにすることはあまり良い道筋とは思えないのです。日本産科婦人科学会の偉い先生たちなら、このことをずっと議論・実践し続けてきたはずと考えるのは適切ではありません。

 出生前検査・診断の扱いや、その管理方針について、例えば日産婦のような一学会に委ねたり、一学会では不十分だから日本小児科学会や日本人類遺伝学会も参画するとか、複数団体を日本医学会で一元的にまとめるといった方策を考えたりが試みられ、実践されてきて、その結果、そういった医学系の学術団体だけではハンドリングできませんという弱音が漏れ出てくるようになってしまいました。国が重い腰を上げたことは、大事なことだったとは思いますが、本来ならもっと早い段階から国がやるべきだったでしょう。この失地を挽回するには時間がかかることと思います。

 私自身、クリニックの開院から5年以上も我慢を強いられてきて、いや、我慢だけでなく実際には損害を被ってきたといっても良いぐらいなのではないかと感じています。私ももう若くはありませんが、せっかくここまで頑張ってきたのだから、時間がかかってもこの国における出生前検査・診断の分野がより良い形に変わっていけるための力になれるよう、発信を続けていきたいと思います。