年末も押し迫ってまいりました。クリニックは27日が仕事納めで、夜には忘年会を行いました。この年末はこの一年のことやこれまでの歩みなどを振り返り、来年に向けての考えを新たにするよい機会になります。
とはいえ、年末に「母体血を用いた出生前遺伝学的検査」施設認定・登録部会から新たな課題をいただきましたので、あまりのんびりもしていられません。きちんと書面で回答する準備を進めていきたいと思います。
さて、このことやそれ以外の業務(しっかりとした形として残る論文などの執筆活動や新たな課題解決のための研究計画など)についてはおいおい考えをまとめていくとして、このブログでは、日常診療の中でこういうことが気になったなあという心のひっかかりのようなものを振り返りたいと思います。
毎日の診療や、お問い合わせへの対応をしていて、痛切に感じることは、皆さんすごくいろいろなことを心配して、不安になっておられるのだなあということです。極端にいえば、不安を抱えている人ばかりが来院されているような感じがしないわけでもなく、出生前検査や診断の情報提供は、下手をすると不安を煽っているだけになってしまっていないかという疑問が湧きます。そうやって考えると、現在問題になっているNIPTを無認可で行なっている施設などはもう完全にそうで、学会が偉そうに厳しく規制していることがこの不安をを助長して、むしろ無認可施設を利するだけになっているのに、いつまで理想論ばかり振り回して状況を悪化させれば気がすむのかと思ってしまいます。とつい、いつも頭の中に渦巻いているNIPTの話に戻ってしまいますが、まあこの話題は、年明け以降頻繁に取り上げることになると思うので、今回は別の問題を考えたいと思います。
当院を受診される方々が、何を心配し、不安に感じておられるのか、お話を聞くと様々な心配事が出てきます。例えば、
・高年妊娠なので心配。
・何度か流産しているので心配。
・過去の妊娠が順調ではなかったので今回も心配。
・親族に遺伝と関係する病気の人がいるので心配。
などというのは、まあ当たり前といえば当たり前で、当院を受診される理由として一般的な話だと思います。しかし、以下のような心配事はどうでしょうか。
・不妊治療で授かったので異常がないか心配
以前よりは減ったように思いますが、いまだにこのことを言う方がおられます。しかし例えば以下の記事を目にしていれば、これだけの人が不妊治療で生まれているのに、特別そのことによって先天異常の赤ちゃんが増加しているわけではないと言う事実がわかるのではないでしょうか。
体外受精で18人に1人誕生、16年 最多更新 :日本経済新聞
こう言った情報をもとに客観的に判断することができれば良いはずなのですが、周囲の人たち(特に年配の人たちや自然志向の人たち)から、根拠に乏しい不安な情報を与えられてしまうと、なんだか心配になってしまわれるようです。どうも妊婦さんの周りには、いろいろと不確かな情報を囁く人が多いようで、いろいろと困ったアドバイスなどされてしまっている方もおられるようですね。まあ、不妊治療の医療機関の中にも「自然志向」のところもありますので、なんだかややこしいのですが。
また、こんなこともあります。
・先日食べた肉が生焼けで少し赤いところがあったのが心配なので、超音波で異常がないか見てほしい。
・先日食べたサラダに、チーズが入っていたのだが、うっかり食べてしまった。輸入のナチュラルチーズにはリステリア菌がいて危険と聞いて心配。
うーーん、こういうのは本当はかかりつけのところで妊婦健診の時に相談してほしいんですよね。なかなかこの心配に対しては、超音波検査では答が出せないのです。
これらの心配などは、どちらかというと眉唾情報ではなく、きちんとした情報を得られた結果出てきたもののように思われますので、ちゃんと答えてさし上げるべきだろうと思ってはいます。しかし、調理が不十分な肉などから感染する恐れのあるトキソプラズマによって生じる問題は、もちろん油断してはならないものではあるものの、流行しているわけではありません。ちょっと赤い色が残っている肉を食べてしまったからといって、パニックになることはないのです。何よりも大事なことは、きちんと検査を受けて、その結果次第で必要なら治療を考えることでしょう。
先天異常部より トキソプラズマと母子感染 – 日本産婦人科医会
したがって、まずは血液検査を行うことが大事なのであって、超音波検査で判断することは極めて難しいものです。
時に、こういう不安に対応してくださらない医師も存在します。「そんなちょっと赤い肉を食べたぐらいで、うつる可能性など極めて低いのだから、調べる必要なんてない!」と言い切られてしまうこともあるようです。まあそのお医者さんの気持ちもわからないではないし、言ってることは間違ってない(まあ絶対ではないけど)と思いますが、心配を減らすためにちょっと血液検査ぐらいしてあげても良いように思いますね。
超音波検査で、先天性トキソプラズマ症の兆候があるかどうか見つけることは極めて困難でしょう。そりゃあ、水頭症や小頭症、小眼球、脳内石灰化などと言った症状が顕著であるならばわかるかもしれませんが、私はこれまでの長い経験の中で、先天性トキソプラズマ症の胎児そのものを超音波検査で見つけたことはありません。また、超音波検査で何も見つからない場合でも(それどころか生まれてきてしばらく何も症状がない場合でも)、後になって目の炎症などが出る子もいますし、絶対に感染していないと言えることはないのです。だから、超音波検査してもらって安心を得たいというお気持ちは分かるものの、その期待に応えることはできないでしょう。
チーズによるリステリア感染の恐れは、もっと少ないかもしれません。しかしまあどこに潜んでいるかはわからないので、心配されることは理解します。こわい情報を掴んでしまい、ネット記事を見れば見るほど心配は募るのでしょう。実際に感染が起こると、多くの場合妊婦さんは発熱し、胎児は死亡したり流産に終わったりしますが、症状のない不顕性感染もあるし、生まれてきて後遺症を残す子もいますので、十分な注意が必要ですが、正直のところ対策としては、食品に注意を払う以外にありません。
こういった問題は、完璧にゼロにすることのできないものと考える以外にないものだと結論づけられます。もちろん、十分な注意を払うことで機会を減らす事は可能だし、それは大事な事だとは思うものの、日常生活の中で、知らず知らずのうちに口にするものについていちいち気にしていては、妊娠中の生活が心配でいっぱいになってしまい、楽しくありません。
道を歩いていて、突然上空から落下してきた物体が直撃して、命を落とす方がおられます。そういうニュースを耳にして、私たちはこれがいつ自分に降りかかるかわからない災難だと感じるわけですが、その後の生活で常に頭の上を気にしつつ歩くようになる人はほとんどおられないと思います。なぜなら頭の上ばかり気にしていたところ、人とぶつかることもありえるし、突然車が突っ込んでくる事だってありえるからです。生きていくという事はそういう事だと、割り切ることも必要なのではないかと思うのです。
先日、このような相談もありました。
・主治医から、「美容院が妊婦にいい事はない。」と言われました。妊娠の初期にパーマをかけたり、カラーリングしたりしたので、胎児に異常が出ないか心配です。
いや、これはねえ。。。何が問題って、この主治医の発言が問題ですね。どういう根拠でこういうことを言うのか?全くわかりません。私は、妊婦が美容院でパーマやカラーリングなどをしたことで胎児に何か問題が生じたと言う報告を見たことがありません。美容師さんが妊娠したらどうしたらいいのでしょうか。
このように、妊婦さんの不安をいたずらに増幅させている医師も存在するようです。まあこれは極端な例だとしても、妊婦健診の場では、いろいろな注意を受けることが多い現状にあることは事実のようです、何より多いのは、何かと言うと「安静」にしなさいと言う指示ですね。自宅安静とか簡単に言いますけど、生活が成り立ちませんよね。本当に安静が必要なら、保険診療で入院させてくださいよと言いたくなります。
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まあこのように、いろいろ蔓延している情報をもとに、それがうまく処理できなかったり、何かひっかかったり、はたまた医師から注意されたりして不安を抱えてしまう妊婦さんは多いようです。そして、少しでも不安を解消したいと望んで来院される方も多いです。私たちはもちろん、不必要な不安は可能な限り取り除くことができるよう努力したいと考えていますし、当院で対応可能な手段はできる限り行いたいと思います。
ただ、少し考え方を変えることも必要なのではないかと思います。
それはどういうことかと言うと、つまり「不安は全て解消されなければならない」のか?「不安を解消しないと生きていけない」のか?という視点です。
リステリア感染のところでも述べたように、人間何があるかわからないのもまた事実なのです。何事も全て自分の思い通りに制御して生きていけるわけではない事は、立ち止まって振り返れば自明のことだと思います。だから、どんなに頑張っても、不安をゼロにすることなど不可能なのです。むしろ、いろいろな情報を耳にして不安に感じる事は、自然なことではないでしょうか。だから、無くしたいという気持ちはわかるけれども、ちょっと諦めて、
・不安は不安として受け入れる
・不安がある状態が普通のことだと気づく
ことも必要だと思います。むしろ、そのぐらいの方が、精神的にも健康でいられると思います。自分だけではないのです。周りで生活している人もみんな、同じように不安は心のどこかにはあるままで、うまく付き合っているのです。それが普通のことなのです。どうせゼロにはならない不安です。どうすればうまく付き合うことができるか、どのぐらいまで少なければ自分は大丈夫でいられるか、を考えるべきでしょう。
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検査の内容について、検査で何を知ろうとしているのか、何がわかるのかについて、ほとんど説明もしてくれないまま、ただ機械的に採血を行なって、結果を郵送もしくはネット上でアクセスして確認するようなビジネスに、不安に駆られて高額な料金を支払った結果、本当に不安が解消されるのでしょうか。今、この国の出生前検査・診断のあり方は、かなりまずい状況になっているという危機感を痛切に感じています。