先々週の『NIPT等の出生前検査に関する専門委員会』に関連して、資料をもとに論考を加えてきましたが、この時に公開されていた議論の内容について、少し補足することができましたので、ツッコミを入れていきたいと思います。
規制ありきで考えるべきではない
出生前検査について、きちんと丁寧に扱っていかなければならないという思いは、皆同じなんだと思うんです。でも、その“きちんと”“丁寧に”の中身に関しては、いろいろと考え方の違いがあるようです。
委員の先生方の発言についても、聞き流していると、思いが伝わってくる事には変わりはないんです。しかし、基本姿勢がどの方向を向いているのか、注意しながら聞いていると、いろいろと気になる発言があります。
やはりなんといっても気になるのは、『規制ありき』の発言です。なんだか『規制』という発想があたりまえの前提のように語られていることがあります。そうすると、”きちんと”に関しても、「きちんと規制する」という話になりますね。でも、再三言っているように、NIPTだけを規制することを一所懸命やっても、他にも妊婦さんたちを混乱に陥れている検査はいくつもあるので、産科診療の現場は歪になるだけです。
規制すべきという発想には、その根底に、みんなが差別なく暮らせる社会をつくりたいという思いがあります。社会の差別をなくすことを目標にすることは、すごく大事なことです。しかし、そのために妊婦さんは我慢するべきとか、わがままを言うべきでないという考えになっていないでしょうか。全体として大きな流れを作りながらも、個々の人たちそれぞれが持つ事情や考えを受け止めて、尊重しつつ、物事を進めていこうという懐の広さが損なわれているような気がしてなりません。崇高な思想に基づく目標の前に、まだ未熟な妊婦は犠牲を払わなければならない状態と表現すると、言い過ぎでしょうか。
私は、そういう側面から、規制ありきの発想には与したくないと考えているのですが、NIPTに関していうと、規制が問題になる点は他にもあります。会議では、柘植委員(明治学院大学社会学部教授)が指摘しておられましたが、「規制の仕組みをつくっても、認定施設ではないところについては結局規制できないのなら、その仕組みを作る意味がなくなるのではないか?」という点です。全くもって尤もだと思いました。まさに現在、妊婦や胎児の診療をしたこともなくて、遺伝学の知識も乏しいような医者がNIPTを自由に売り物にして、一方で日本産科婦人科学会のお医者さんたちは、自主規制のもと手を出せないでいるという状況に陥っているのです。規制したい人はどのような規制の仕組みを考えているのかわかりませんが、有効でない規制の内容についてのみ、ああでもないこうでもないといじくり回しても、根本的な解決にはつながらないはずです。
海外に検査を出すことは信頼性が低いのか
もう一つ、専門委員会で出た意見を集約する立場の厚生労働省の担当者が、まとめとして述べていた内容で、その認識で良いのかと思う点がありました。それは、検査の『質』の問題です。遺伝カウンセリングを行なっていれば安心できるが、行なっていないと安心できないという単純な分け方の問題は前回述べましたが、もう一つ、検査の扱いについて、海外に発送しているのは安心できない、国内の衛生検査所で扱うべきという点が気になりました。
私の認識では、医療機関で扱う検体検査は、それが国内の検査所で扱っていない項目で海外の検査所へ依頼する場合でも、基本的には国内の衛生検査所経由でないと依頼できないことになっているはずです。(医療法の一部が平成29年に改正され、平成30年より施行されたことで、医療機関が検査を委託する先は、「衛生検査所」もしくは「厚生労働省令で定める基準に適合する医療機関など厚生労働省令で定める場所において検体検査の業務を行うもの」のみと定められ、直接あるいは上記以外の仲介業者を介して海外検査会社に検体検査を依頼できなくなりました。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000402691.pdf
)したがって、海外に発送しているので信用できないという話自体がよくわからないのですが、検査そのものを国内の衛生検査所で行うべきという意味なのでしょうか。もしそうだとすると、ここで考えなければならないことは、本当に海外に依頼することよりも、国内での検査の方が安心なのかという点です。
衛生検査所を経ずに海外に検体を送っているとか、その海外の検査会社についても、どの程度の信頼性のある検査会社なのか(例えば米国の検査会社ならCLIA(米国臨床検査室改善修正法)認定を受けているかどうかとか、国際規格ISO15189を取得しているかなど)がわからないとかといった場合には、海外で検査を行なっていることが信頼性を損なう要素になると思いますが、現在、衛生検査所を経ないルートはないわけです。そうすると、検査会社がちゃんとしたところだということが確認できれば、遺伝学的検査については、日本の検査会社よりも実績面でかなり優秀なところが多いのもまた事実だと思います。
まあ普通に考えて、NIPTの検査実績にしろ蓄積されているデータにしろ、日本の検査会社よりも海外の検査会社の方が充実していることはわかると思います。何しろ海外では普通にかなりの数行われている検査ですが、日本では厳しい基準があるので、実施件数は多くはありません。それに日本の検査会社のシステム自体、海外の会社から技術を譲り受けてできるようになったものです。現在、世界の多くの検査会社が採用している検査機器自体が、同じ一つの検査会社が開発した機器を使用している状況です。
例えば遺伝子解析などを依頼する場合でも、そこで出てきた解析結果について、病気との関連性があるのかないのかなどについてどのように解釈すべきか、これまでに蓄積されたデータに基づいて、答を出していく作業が必要で、その上この分野では日々新しい情報が蓄積されていますので、その都度検討し直してアップデートしていかなければなりません。例えば米国の検査会社は膨大なデータを持つとともに、この分野の専門家が関与していますので、こういった部分についても、日本の検査会社は太刀打ちできない状況にあります。日本では、遺伝学的検査が必要になった場合に、その時必要とする情報を得るためにどこに検査を依頼できるかということが、まだなかなか明確ではありません。なぜなら、全般を網羅できる検査会社は存在しないし、調べるべき対象次第でそれが得意な大学の研究室を見つけて依頼する必要があったりするからです。大学の研究室も、研究費が手に入るか否かで、検査の継続性が左右されますし、研究目的の検査結果を臨床に使用することはできません。
そういうわけで、当院でも遺伝相談の結果、いろいろな検査を検討しなければならなくなることは多いのですが、やはり海外の検査会社を頼らざるを得ないことが多いです。そんな中、以前よりお世話になっている藤田医大・倉橋教授の研究室が立ち上げた検査会社にお願いできるケースが増えてきたことは、心強いと感じています。
もっと現場の声を反映させてほしい
結局、複数の委員からの提示された資料や発言から導き出されたと思われるこれらの議論(規制ありきでどう規制するかを検討しようとする考えや、検査を国内で完結させることが信頼性の高いことだいう考え)は、本当に現場でいろいろな問題を抱えた妊婦さんたちと接する機会が多くない人たちが、頭で考えた理論に基づいたものでしかないといえるのではないかと感じるのです。今現在、妊婦さんたちが直面している問題は何か、検査を行う立場の現場の医師たちが困ることはなにか、あまり実感として捉えられていないままに、話が進んでいるような気がしてなりません。
私は、声を大にして言いたい。現場を見てほしい。次回は現場で起きている問題について、取り上げてみたいと思います。