広がる「不育症」治療
前にも書いたのですが、「不育症」治療がなぜか徐々に広がりつつあるようです。
不妊治療の末、妊娠出産に至ったという方のブログやフォーラムでの繋がりが、不妊・不育領域の新たな検査や治療についての情報交換に大きな影響力を持っているようで、こういうことをすればより良い結果が得られるという情報には特にみなさん敏感なようですね。
そういった中で、正しい情報が広がるとそれは大変素晴らしいことだと思うのですが、大量にある情報の中から何が正しくて何が正しくないのかについては、判断が難しい部分があります。情報を受け取る側の人にもいろいろあって、慎重に判断しようとする人もいれば、どんな情報でも鵜呑みにして飛びついてしまう人もいます。そして、鵜呑みにしてしまう人にかぎって、なぜかそういう情報を拡散したがる傾向があるようで、それがまた新たな“鵜呑み系”の人に飛び火して、拡散されるという悪循環があります。
そういう状況の中で、不育症治療が脚光を浴びつつあるのではないでしょうか。「抗凝固療法」「抗血小板療法」という種類の治療を受けている人がすごく増えている印象があります。
流産の原因をなんでも血液凝固のせいにするのは間違いです
しかし、流産の原因をなんでも血液凝固のせいにするのは、大きな間違いです。
中には、はじめて妊娠した人なのに、ヘパリンの注射やアスピリンの内服をしながら、頻繁に血液検査を受けているような人もいますが、
そんな特殊なことしてるのは日本人だけなんじゃないかと思います。
先日も、子宮の中に「絨毛膜下血腫」ができているにも関わらず、この種の治療を続けている人がいました。妊娠初期(6週とか7週とか)での流産が2回あった後に検査を受けて、いろいろな項目を調べてうちの何か一つがちょっとだけ数値が良くなかったという理由でその治療が始まったようなのですが、妊娠13週で胎児が元気にしていても、ずっと続けていくのだそうで、そんなの意味がないからやめたほうが良いとアドバイスしました。
そもそも2回の流産の理由がはっきりしていません。血液凝固の問題よりもむしろ、受精卵そのものの問題(多くはたまたま起こった染色体異常)の可能性の方がはるかに高いはずです。
ある特殊な自己抗体や、凝固機能異常が関連するとしても、6週あたりで流産する問題はすでにクリアしているのですから、13週で元気な胎児が見えているなら治療をやめても問題はないはずでしょう。わたしは数多くの自己抗体陽性妊婦さんの診療を行ってきましたが、妊娠初期に流産することと、妊娠後半期に胎児発育が悪くなることとは問題が全く違います。また、妊娠20週あたりの時点で状況が悪くなる本当の意味での「不育症」の方の診療経験もありますが、そういう方は本当にめずらしく、もっと事情は特殊です。
こういう人こそがヘパリン+アスピリン療法の対象になる方ですが、そういう方はごく少数で、世界的に認められた診断基準に基づいて治療が行われるべきです。
それどころか、こういった治療そのものが絨毛膜下血腫ができる原因になっている可能性が高いです。治療を受けている本人は流産予防の治療だと信じているから、治療を中断して流産することをすごく恐れていたりしますが、むしろ必要のない治療を行って血腫をつくってしまい、それによって流産や胎児発育不全の原因の一端をつくってしまっていると言えるでしょう。
今流行っている「不育症治療」の多くは不必要なもの
今流行っている「不育症治療」の多くが、必要がないか、あるいは的外れな治療だと考えています。全てがそうだとは言いませんが、かなりの部分、人の不安につけこんで商売のタネにしているだけだと感じています。
初期の流産の原因の多くは受精卵の染色体異常ですから、われわれの感覚では、これを繰り返す場合には夫婦のどちらかが染色体転座保因者である可能性が頭に浮かびます。習慣流産・反復流産の約2〜5%は、夫婦のいずれかに染色体の均衡型転座があることに由来します。
それなのに染色体検査が行われず、血液凝固の検査ばかりたくさんの種類行なって、どれかが引っかかったらもうそれがメインの原因であるかのような言われ方をしているようなケースもあります。
流産を経験した人は、その原因をどこかに求めがちですが、何か自分の体に問題があるのではないかとか、生活ぶりが良くなかったのではないかとか、自分の責任のように感じてしまう方が少なからずおられるようです。でもたまたま起こった染色体異常は誰のせいでもありません。きちんと染色体検査(状況によって検査の選択を考える必要がありますが、流産絨毛の染色体検査や夫婦の染色体検査)を行うことで、いくつかのものは解決可能なはずだし、次の方針をより的確に検討しやすくなるはずなのです。
なぜ染色体検査が行われることが少ないのか、ということも問題視しなければならないと考えています。