しばらくの間、ブログの更新が滞っていました。実は、妊娠初期の超音波検査に関する書籍の作成に携わっており、出版にこぎ着けるまで、日常診療以外の時間はほぼこの本の作成に全振りでいたのです。その本がついに出版にこぎ着けました。
『NIPT時代における 実践的妊娠初期胎児超音波検査』中村靖 著、メジカルビュー社、2025年7月22日発売

なお、この出版を機に、当院ウェブサイトに「書籍」ページを新設し、関連書籍の紹介をしています。
もともとのきっかけは、2017年に川瀧元良先生とはじめた『FMC川瀧塾』(胎児超音波検査を実施する医療者を対象とした講習会)のテキストになるようなものを作成できないものかという思いつきでした。この『塾』は、川瀧先生が担当される胎児心エコーのパートと、私が担当する妊娠初期の胎児超音波検査のパートから構成されていて、前者については川瀧先生の『胎児心エコーのすべて』が、この『塾』を開講した直後にタイミングよく発売され、教科書として推奨されていました。(現在は絶版となり、これに代わる新たな本の作成が進行中です)
しかし、妊娠初期、特に海外ではNT(Nuchal translucency)の計測と観察を行う時期として普及していた妊娠11週から14週ごろの検査の部分は、日本の臨床家にとってあまり馴染みのない分野で、日本語で書かれた教科書となり得るものはほぼないし、検査自体を行う機会もほぼないという状況でした。実際、私が行っていた講義の内容も、2017年の開始当初は、海外で普及していた「コンバインド検査」(染色体の問題のある胎児を見つけるきっかけを掴むためのNT計測を中心とした超音波検査と母体血液検査の組み合わせ)とこの検査感度を上げるために追加された超音波検査項目の話を中心に、カリキュラムを組み立てていました。
ところがこの『塾』を講師の立場で続けているうちに、妊娠初期の胎児超音波検査の目的、実施内容やその意義は年々変化していきました。その主な要因となったのは、NIPTの普及です。NIPTは、「コンバインド検査」が対象としていた疾患のスクリーニングの方法として、より優れた検出感度と陽性的中率を誇る検査でかつ、医療者は特別な技術を必要とせず採血すれば良いだけということもあって、一気に世界に広まりました。そんな中で、それまで妊娠初期に行われていた染色体異常のスクリーニング検査としての超音波検査は、NIPTにとってかわられるものとなり、胎児超音波検査の役割も変化することとなったのでした。大事なところは、NIPTでわかることと超音波検査で見えることとが同一ではないという点です。超音波診断装置の技術開発とともに、検査を行う専門家の経験も蓄積・更新され、この時期の胎児超音波検査は、年々進化していくことになったのでした。私は、講義内容を毎回更新し、そのために海外の講習会に積極的に参加し、新しい知見と技術の習得に努めました。
そうこうするうちに、危機感を感じるようになりました。日本のお医者さんたちは、この妊娠初期の胎児超音波検査の変化についての認識が足りない。当院に相談に来られる妊婦さんたちの話を聞いていても、妊婦健診を行う医師たちの知識や感覚が全くアップデートされていないと感じることが多いのです。『塾』で半年間講義を行なっても、そこで伝えることができる相手は多くて20人程度だし、その後に検査を実践する機会がないと、その場限りで終わってしまうし、妊婦健診や妊婦を対象とした検査の体制が変わらないと、胎児超音波検査の情報や技術は全く伝わらないぞと感じるようになったのです。全国で妊婦の診療を行っている多くの施設での超音波検査と、私たちのクリニックで日常的に実施している検査の間に大きな違いがあり、そのギャップを少しでも埋めていけるようにしないと、この国は世界から取り残された国になりかねないと思ったのです。
今こそ、私がクリニックで経験し、実績を積んできた内容と、『FMC川瀧塾』で行なってきた講義内容をまとめたものを本の形にし、全国のお医者さんや検査技師さんたちに知ってもらいたい、自分たちもやってみようと思うきっかけづくりをしたいという思いが高まり、企画を出版社に持ち込んだのが約2年前。その後構成案がまとまり、執筆を開始したのが昨年の4月で、約1年とちょっとかかって出版にこぎ着けました。FMC東京クリニックの開院からちょうど10年の節目となる時に、この本が出せたことを誇りに思います。
ぜひ多くの方々に手に取っていただき、この国の妊婦診療の発展に少しでも役立ってくれるなら本望です。
追記:こちらの本も併せてお勧めします。

