厚生労働省が行っている、NIPTの調査等に関するワーキンググループの第4回が、2020年7月22日に開催されました。第3回(1月22日開催)から間隔が開いて、半年ぶりの開催です。今回は、会場での傍聴はなく、YouTubeでのライブ配信となりました。以下に資料が公開されています。
これを受けて、新聞やTVでも報道が出ていますが、取り上げられ方が小さい(何しろ新型コロナの話題で持ちきりな上に、安楽死事件のようなものもあるので、目立たなくなってしまった)ようなので、ここにある資料に目を通すべきです。報道でのとりあげられ方には、違和感を感じる部分もありました。この点についてもあとで言及します。
実はこの調査、今年の3月に当院にも依頼がありまして、どうやら調査を委託された監査法人のスタッフが、当院も未認可でNIPTを行なっていると勘違いしたのか、あるいはやってそうだと踏んだのかはわかりませんが、問い合わせがきました。NIPTは扱っていませんが、この検査に関係する問題点など情報提供はできます、それでよろしければとお伝えしたところ、ぜひ話を聞きたいといらっしゃいましたので、対応しました。今回の報告書にも、ほんのわずかですが記載されています。
さて、この公開資料ですが、なかなか良くまとまっています。おそらくほとんど専門的知識ゼロの状態の人でも、飲み込みのいい人なら、出生前検査にまつわる問題のこれまでの経過や現状など、しっかりと頭に入れることのできる資料になっていると感じました。ただし、不満な点もいくつかあります。大まかにいうと、調査に協力した専門家の側の提供した情報そのものに対する不満と全体に通底する考えの”ずれ”とでもいうべき部分の不満の二つに分かれます。それぞれについて、少し解説を加えたいと思います。
まとまりはいいのですが、、、
『ヒアリングまとめ』は、なかなか良くまとまっていて、現時点における出生前検査at a glanceといった風情です。これまでNIPTコンソーシアムが行ってきたNIPTのデータの集積は、大変参考になります。一方で、たとえば「出生前検査の種類」の一覧表を見ると、「NIPTコンソーシアムホームページを参考に作成」と書かれているように、この前の記事で私が指摘している絨毛検査や羊水検査のリスクについての情報など、根拠が明らかでなく、最新のものではないものもそのままになっています。日本では、その分野の「権威」と認識された偉い人の話を何よりも尊重(悪くいうと鵜呑み)する傾向があり、「権威」と目されている人や団体の話を新たな検証なくそのまま出してしまっているのだと感じます。前記事では言及しませんでしたが、この表では、私たちが行っている『コンバインド検査』(当院では、FMFコンバインド・プラス)の記載が(意図的なのかどうかはわかりませんが)ありません。NIPTの原理についても、コンソーシアムが契約している検査会社における方法に限られており、情報が不十分かつ偏りがあると感じます。at a glanceなので、ある程度仕方がないのかもしれませんが、特定の権威ある人や団体に限らず、もう少し幅広く聞き込みなどした上でまとめた方が、より良かったと思いました。
『実態調査研究』も、なかなか興味深いものではありました。私たちは、東京で診療を行っており、数多くの認定施設・非認定施設が存在する中、それらの施設で検査をお受けになった後に相談に来られるケースも多いし、当院には「医療情報・遺伝カウンセリング室」という部門(室長:田村智英子)があり、検査に関する様々な情報を常にアップデートしていますので、この資料にまとめられているような実態のほとんどは、もう以前から分かっていることで、今更感もあるのですが、このようにきれいに文書としてまとめられると、これまであまり実態を把握していなかった人たちの理解度も高まって、良いのではないかと感じました。しかし、全体を通して気になる部分がありました。それは、「遺伝カウンセリング」についての認識です。
それは本当に遺伝カウンセリングなのですか?
NIPTの実施の議論が盛んになり、マスコミなどでも良く取り上げられるようになってから、「遺伝カウンセリング」という言葉が普及し、よく耳にするようになってきました。今回のアンケートでも、この実施状況に関する質問があるなど遺伝カウンセリングが大事だという論調が通底していると感じられます。しかし、ここで一括りにして語られている「遺伝カウンセリング」というものは、果たして本当にその名称で呼んで良いものなのでしょうか?
そもそも非認定施設54施設中、回答が得られたのは9施設のみなので、このアンケートで実態を掴むのは難しいと思うのですが、どう考えてもほとんどの施設には、遺伝カウンセリングに関して、これまでに学習する機会があったり、実習・実践の経験があったりするスタッフは、存在しないだろうと思われます。そういう施設へのアンケート調査の質問も、「遺伝カウンセリングを実施していますか?」というようなものであれば、「はい」と答えることはいくらでも可能です。もうこうなると、「遺伝カウンセリング」も「検査前の説明」もほぼ同義です。私たちの経験では、たとえばきちんとした遺伝カウンセリングの体制を整えているとされているはずの認定施設で検査を受けた人たちの中にも、伺ってみると必須と思われるような情報提供もされていないようなケースが散見されています。みんなが大事だと言っている「遺伝カウンセリング」って、一体なんなんだ?と思ったりしています。
実際のまとめの内容の中にも、その問題点は散見されます。特に気になったのは、B-②施設アンケート調査(結果概要)の部分、(2-1) NIPT提供体制としてまとまっている部分の中にある【NIPT提供実績】の部分でした。ここでは、遺伝カウンセリングの実施後にNIPTを受けることを辞退するケースについて言及されています。「認定施設全体のNIPT実施割合は88.1%(2018年度)、非認定施設は2施設で99.1%(2018年度)であり、大幅な開きがあった。」との記載がありますが、非認定施設の回答数が明らかに少ないことから、この比較に意味があるとはあまり思えません。それよりも気になったのは、「NIPT辞退割合は施設間に大きな差が生じていることから、施設ごとの遺伝カウンセリングの提供方針が色濃く反映する結果となった。」の部分です。遺伝カウンセリングの提供方針?なるものがあって、それが、色濃く反映する?遺伝カウンセリングでそんなことが起こって良いものでしょうか?これに続く文章を見ると、認定施設では、「NIPT辞退割合が平均値より高い施設はNIPT提供件数200件未満に多い傾向があった。」の記載もあり、これを読むとまるで、認定施設の中にはなるべくNIPTを受けて欲しくないという考えのもとに説明を行なって、辞退に導こうとしている施設があるというように感じられます。以前に、ある高名な先生が、学会で「中立的な遺伝カウンセリングを行なった結果、羊水穿刺を検討していた人の約半数が実施をやめた。」という発表を、一般的に産婦人科で行なっている説明では中立的な遺伝カウンセリングになっていないというような趣旨で自慢げに話しておられたことを思い出しましたが、他のどこの施設と比べても極端に違う結果をもって、自分の施設だけが正しいやり方をしているということを堂々と言える独善性に唖然としたものでした。
この遺伝カウンセリングに関する認識の違和感は、報道にも感じられます。NHKの報道、新型出生前検査 学会非認定の医療機関は体制不十分 厚労省調査 | NHKニュース
の中でも、この部分を取り上げていますが、事前に十分なカウンセリングを行っている「認定施設」では、検査を辞退する妊婦が一定数いますが、これらの施設では辞退する妊婦はほとんどいなかったということです。という書き方で、これではまるで、十分なカウンセリングを行うと、検査の歯止めになるとでも言っているように感じられます。しかし、そもそも遺伝カウンセリングは検査の歯止めではありません。もちろん、丁寧に説明を行うと、自分たちの希望している検査はこれではない、という結論を出される方は一定数おられるとは思いますが、検査を辞退された方々は、どういう理由で辞退されたのかなど、くわしく見てみないと、辞退する人が一定数いることが良いことなのか何かの間違いのせいなのか、判断できません。適切な遺伝カウンセリングの結果なのかどうか、もしかしたら不適切な遺伝カウンセリングの結果である可能性はないのかなどの、疑問を持たざるを得ないと感じました。
また、毎日新聞の以下の記事、
新型出生前診断、進むビジネス化 妊婦のフォロー顧みず、拡大の一途 – 毎日新聞
では、遺伝カウンセリングの説明として、「遺伝カウンセリングは、検査の目的や限界、親になる責任などについて理解してもらう重要な機会だ。不十分なまま検査を受けた場合、妊婦は重い苦悩を背負いこむことがある。」という記載があるのですが、遺伝カウンセリングの説明として、適切とは思えません。『親になる責任』について理解してもらう? 遺伝カウンセリングは情報を受けて、自律的判断の支援を受ける場です。なんで『親になる責任』とか説教めいた話をされなければならないのか?何か指導する場だと勘違いしている人がいるのでしょうか。この記事を書いた人は、この話をどこで聞いてきたのでしょう?実際に遺伝カウンセリングを行なっている医師が、遺伝カウンセリングとはこういうものだと記者さんに話した中にこの言葉が入っていたのなら、その医師は適切な遺伝カウンセリングを行なっているとは私には思えません。上の世代の人間が若い世代の人間に教え諭しているような場面しか思い浮かびません。
遺伝カウンセリングに関しては、もうほとんど検査前の説明と同義と言えるぐらいのいい加減さも含有している問題の一方で、逆に検査提供者個人の考えが色濃く反映されてしまっている問題、何か教育的なものと勘違いされてしまっている問題などが存在することが、今回改めてわかりました。
日産婦は相変わらず
グループ構成員の一人である、関沢明彦昭和大学教授(日本産科婦人科学会理事)からは、今回、新指針の改定で日産婦が日本人類遺伝学会、日本小児科学会の同意を得るに至った説明があり、改定指針も資料として提出されました。
この『指針』の文章の骨格は、NIPTが導入される以前から、出生前検査についての学会の考え方を示した文書のものをそのまま踏襲している部分が残っており、実は突っ込みどころがいろいろあると以前より感じていました。いつか徹底的に取り上げないといけない、全面的な書き直しに持っていかなければならないと考えていますが、この記事では、2点について取り上げたいと思います。
まず、以前から問題にしている『NIPTを行う施設が備えるべき要件』ですが、あいかわらず、「検査施行後の分娩まで含めた妊娠経過の観察、および妊婦の希望による妊娠中断の可否の判断および処置を自施設において行うことが可能であり、現に行なっていること。」の文言が残っています。これについては、『出生前検査の適正な運用を考える会』として昨年5月に学会宛に送った公開質問状に対する回答が得られないままになっています。
日本産科婦人科学会宛に、公開質問状を送付しました。【全文公開】 – FMC東京 院長室
そして、この要件については、検討委員会(久具宏司委員長)は頑なに態度を曲げないという話も伝え聞きます。このような理解不能な制限を設けるような態度で、本当に非認定施設に対抗できるのでしょうか。これも聞いた話ですが、この要件が入っている理由として、不妊治療を専門に行うクリニックがNIPTを扱えるようになることを認めたくないからという考えが根底にあるのだそうです。美容外科などが好き勝手やっている状況で、同じ産婦人科医の中で寛大になれないでどう対抗するつもりなのでしょうか。あと、細かいことですが、この文章の中の、妊娠中断という言葉にも違和感を感じます。これも何度か指摘していますが、どうも学会などでも、「妊娠中絶」と言わず、「中断」という言い方をする発表者が増えてきていて、すごく気になっていました。なにやら「中絶」という言葉を使用することを避けたいという気持ちがあることを根底に感じるのです。しかし、その傾向が、若手医師だけでなく、日産婦が指針として示している文書の中にも現れている事は、実は大きな問題なのではないかとも感じます。
最後にもう一点、〔6〕NIPTに対する医師、検査会社の基本的姿勢という部分の文章を読んで、愕然としました。あいかわらず、以下の文章なのです。
1. NIPTについて医師が妊婦に積極的に知らせる必要はない。ただし・・・・・
2. 医師は、NIPTを妊婦に対して安易に勧めるべきではない。また・・・・・
これ、21年前の母体血清マーカー検査の時と全く同じじゃないですか。
これ、前にも記事にしましたね。
日本の妊婦には、「知る権利」が保障されていない!? 指針に見る彼我の違い。 – FMC東京 院長室
日本産科婦人科学会は、何事に関してもこのような姿勢を示してきました。たとえば、『産婦人科診療ガイドライン』でも、産科超音波検査を行うにあたっての留意点として記されている、説明内容の項目のほぼ全てに、(尋ねられたら)の一言が、2017年版まで付け加えられていました。要するに、聞かれるまでは答えなくても良いという態度なのです。情報提供をする義務がすごく軽視されていたわけです。このことについて、私は、2018年の日本周産期・新生児医学会学術集会のシンポジウムで指摘しました。嬉しいことにこの言葉は、2020年版へ改定された際に削除されましたが、日産婦の上層部の中には、まだ基本姿勢として情報提供に積極的でない人が多くおられるのだろうと想像します。
日本産科婦人科学会が、もっと風通しの良い、柔軟な組織になってくれることを祈念しています。
ここまで4回わたって会合が行われてきたワーキンググループは、NIPTを実施する体制をどうするかを決める会議ではなく、その準備段階として、情報を収集・整理し、問題点を明らかにすることを目的として活動するグループという位置付けで、本当の議論はこれからです。今回の資料をたたき台に議論が始まるわけですから、大事なところでミスリーディングがないように、細心の注意を払って、しかし同時に迅速に進めていただきたいと願っています。