日本人類遺伝学会第64回大会に参加して(追加)。本気で考える、私たちはいつNIPTを開始すべきか。

 先月6日〜10日に長崎で開かれた、日本人類遺伝学会第64回大会および、全国遺伝子診療部門連絡会議。前エントリーでまとめ記事を書きましたが、もう一つ書き残しておかなければならないことがあります。

 実はこの時が初めてではなく、これまでにも何度もあったことではあるのですが、いろいろな経緯から今回特に心に残ったことがあるのです。

 専門学会に参加すると、そこで出会う先生方の多くはいつも議論を交わしている顔見知りです。会場内でも、宿泊先でも、懇親会場でも、いろいろな知り合いの先生たちと遭遇し、近況について話したり、真面目に議論したり、また軽い世間話をしたりの交流があります。そんな中で、よく言われることの一つに、以下のようなことがあります。

「先生のところでは、NIPTはやらないんですか?もうやっちゃえばいいのに。」

「先生のところは、NIPTをはじめると思ってました。」

「先生のところならやってもいいんじゃないですか?」

いやいや、うちは施設認定を取ってないんです。そもそも厳密には認定される条件を満たしているかどうか微妙な部分があります。その条件が、適切な規定と考えられるかどうか(私たちはそうは思いませんが)は別として、複数の学会が関与して、日本医学会が取りまとめている決め事です。

 私たちは、やはり王道を進みたいというと大げさですが、きちんと出生前検査を扱っている施設として、正式に認められて、こそこそとやるのではなく堂々と検査を扱う立場でいたい。とずっと考えて事にあたってきました。勝手にNIPTを開始したら、そのへんの胡散臭い施設(美容外科とかその他専門家ではない医師たちが行なっている施設)と同じになってしまうではないですか。

 そして今回も、とある医師から同じような問いが発せられ、以下のような会話になったのです。

 「もうやっちゃってもいいんじゃないですか?」

 「いやいや、無認可の施設と同列には扱われたくないので。」

 「誰も同列とは思いませんよ。みんなわかってますから。」「先生のところなら大丈夫ですよ。」

 「いや、大丈夫なら、学会がそう認めてくれるならいいけど、認められてないなら同じでしょう。」「それに、この学会に参加しているような人たちはわかっているとしても、そうではない人たちは、全然わかってないですから。そう甘いもんじゃないです。」

 ホント、そうなんですよ。こういうことを言う人は、世間がどれほど広くて、自分たちが議論している話が、どれほど世間の認識と乖離しているか、よくわかってないんじゃないかと思います。業界人とばかり話していないで、いろんな人と交流を持った方が良いと思います。一般の人たちどころか、医者でさえ、この分野の人でなければほとんどわかってないですから。産婦人科の医者でも、普通に一般婦人科診療を中心に仕事をしている人たちは、状況を知らない人もすごく多いんですよ。それほど出生前診断に関係する業界は狭いし、専門家も少ないと思った方が良いでしょう。

 それに今回、特に心に残ったのは、この発言が学会認定施設でNIPTを扱っている施設の医師から出てきたからです。普段、“非認定施設”のやっていること、やり方に異を唱えて批判している立場であるあなたたちが、私に対してそれを言いますか?非認定施設と同じようにやればいいとあなたの口から言いますか?私にそんな軽口を言うのだったら、認定のあり方について、働きかけをしてもらえないもんでしょうかねえ。当院がきちんと認定されるように、意見してもらえないもんでしょうか。

 帰ってきてから、いろいろと考えました。私たちは、やるべきなのか、もう少し我慢すべきなのか。厚労省が主導している調査と仕組みづくりは、有効に機能するのか?

 日本医学会は、2018年7月の帝京大学医学部附属病院の認定を最後に停止していた

「遺伝子・健康・社会」検討委員会 – 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査:「施設認定・登録部会」

を再開し、認定作業が進められないまま溜まっていた申請書類の認定作業を、これまでの認定基準に基づいてすすめていく事にしたようだとの情報が入ってきました。私たちも2018年7月末に申請書類を提出していますが、どのくらいの施設が申請書類を提出していて、どのようなスピードで、どこまで認定されるのかなど、情報は何も伝わってきません。そもそも申請書類が届いているのかどうかすら知らされないまま、1年半が経過しています。

 この審査で、当院が認定される保証はどこにもありません。なぜなら、認定基準の文言(検査を行う場合に求められる要件)にあった、『検査施行後の妊娠経過の観察を自施設において続けることが可能であること』と言う部分についての解釈が問題になると思われるからです。

 私たちは、産婦人科を標榜しているクリニックです。普段は検査のみを扱っていて、妊婦健診は行なっていません。しかし、妊娠経過の観察を自施設において続けることは十分可能です。問題点は、分娩を取り扱っていないことです。これまでの認定施設は全て分娩を扱っている施設であり、上記文言が暗黙の了解として、分娩を扱っているという意味で扱われていました。しかし、正確に言えば、どこにも分娩を扱っている施設という規定は書かれていません(日本産科婦人科学会が独自に出した改定案では書き加えられていましたが)。それに、今どき妊婦健診から分娩まで一つの施設で継続するという形は、現実的ではなくなってきています。産婦人科医の減少、分娩施設の減少、医師の働き方改革という流れがあり、分娩の集約化とオープンシステム、セミオープンシステムの充実、簡単に言えば病診連携・診診連携が当たり前の時代になっているのです。そこで私たちは、申請を出す際に、『自施設では分娩を扱っていないが、妊娠経過の観察を継続させることが可能である』旨および『分娩を扱う連携施設が存在し、常に密な連絡を行いながら診療の継続性を確保している』旨を示し、当院(およびその連携施設)における診療体制が、この検査を行う場合に求められる要件に十分当てはまるものであることを追記して、申請を出しました。

 そもそも当院は、現在認定を受けて検査を行っているどの施設と比べても遜色のない遺伝カウンセリング体制を整えている施設です。複数の臨床遺伝専門医と認定遺伝カウンセラーが在籍し、連日遺伝カウンセリングを行なっています。それだけではなく、出生前検査に精通している医師が毎日、他施設では手に負えないいろいろなケースに対応しています。院長は、臨床遺伝専門医指導医であり、かつ日本超音波医学会の超音波専門医指導医でもあります(遺伝学的検査を扱う立場と画像診断を扱う立場の両方の指導医となっている産婦人科医は希少です。唯一かもしれません)。当施設で直接的・間接的に指導を受けた臨床遺伝専門医が複数名新たに誕生しています。日本人類遺伝学会の評議員が2名在籍しています。下手な大学病院よりもより専門的な施設であると自信を持って言えます。

 さあ、果たして新たに始まった施設認定の審査結果はどうなるでしょうか。また、厚労省主導で進めている、検査実施施設の要件の規定やその運用方法はどうなるのでしょうか。結論はいつ出るでしょうか。

 結論次第では、私もいよいよ腹をくくる覚悟で対処しなければならなくなるかもしれません。