昨日から連続して記事をあげていますが、いろいろな情報も入ってきていて、NIPTの件が頭の中のほとんどを占め、落胆で潰れそうになりつつ、診療を頑張っています。
もう一度新指針に目を通してみました。それにしても長々といろいろ決め事があるものですね。正直、出生前の検査には様々なものがあって、妊婦さんの診療の現場ではいろいろと日常的に行われているのに、この検査のみを厳しく規制することは、本当に妊婦さんたちにとって良いことなのでしょうか。妊婦さんたちはそうは感じていないから、いわゆる「無認可施設」に流れているのではないでしょうか。
このブログでも、他の検査に関する記事を書いています。もう一度確認していただけるとありがたいと思います。
NIPTよりも超音波検査を規制した方が良いのではないか? – FMC東京 院長室
例えば超音波検査で胎児の無脳症が見つかった場合を考えてみましょう。私たち医師はどうすればよいでしょうか。無脳症だという診断を伝えるべきでしょうか、それとも言わないでおくべきでしょうか。無脳症だということがわかったら、妊婦はどういう選択をすべきでしょうか。
無脳症の胎児だって、立派に生きています。妊娠週数が進むにつれてしっかり発育しますし、生まれてくることもできます。何らかの形で露出した頭部をカバーして、感染対策をしっかりやれば、命を永らえることができるかもしれません。このように生きて生まれてくる胎児を中絶することは命の選択ではないでしょうか。
無脳症は超音波検査で容易に診断可能です。基本的に染色体異常とは関係がありませんので、NIPTでは見つからないし、染色体検査をしても正常です。出生児1000人に対し、約0.3人の頻度とされています。
よくニュースなどで、NIPTは中絶につながる検査で、『命の選択』の議論があると言いますが、上記のような例を考えると、超音波検査も同様に中絶につながり、『命の選択』の議論があるのではないでしょうか。
ここでは、わかりやすい例として無脳症を引き合いに出しましたが、超音波検査では様々な胎児の病気を見つけることが可能です。そして染色体検査よりも難しいことは、診断が明確でなかったり、ある程度診断ができても予後予測を明確にすることが難しかったりすることです。
現在、日本では年間約90万人の赤ちゃんが生まれます。その中でNIPT検査を受けることができている人数は、NIPTコンソーシアムの統計で5年間で約6万人とごくわずかです。最近、学会に認定されていない美容外科などの施設での施行件数がどんどんと増えてきているようで、今やコンソーシアムが扱っているよりも多くのケースの検査を行っているようですが、それでもせいぜい年間3万件に満たない数だと思われます。日本の妊婦さんには情報もなければ窓口もないというのが現状です。
では、妊婦さんたちは胎児を調べる検査は何も受けていないのでしょうか。
そんなことはありません。上で示したような超音波検査は、全員が頻繁に受けています。そんな中で不確かな情報を与えられ、これをもとに「命の選別」に向かう人もいるのです。また、それ以外にも、いきなり羊水検査を受ける人もいます。羊水検査はそれほど危険な検査ではないとはいえ、子宮内に針を刺すという検査の性格上、医師の経験や技術によっても安全性は左右され、最悪の場合流産に至る可能性もゼロではない検査です。このため、本来ならば必要性の高い妊婦さんがその対象となるはずなのに、必ずしも必要性が高いとはいえない妊婦さんが検査を受けていたりもします。最近では、35歳になっていないと認定施設でのNIPTが受けられないために、34歳という理由で羊水検査を受けている方もおられるようですが、本末転倒です。
また、全国の産科施設で、NIPTの代わりに妊娠中期の血清マーカー検査(例えばクアトロテスト など)を受ける人が増えているようです。これは、一般の産科診療所では「NIPTはできないけれど、代わりにこの検査ならできる。」ということで、検査料金もより安いこの検査を行う結果になっているからです。こんなことになっている国はありません。なぜなら、血清マーカー検査は、NIPTが実用化される前に行われていた、同じ目的で、より検出率が低く、偽陽性率の高い検査だからです。NIPTが実用化されてからは、この検査は過去のものとして廃れているのが普通です。
同じように「命の選別」につながる検査が日常的に行われている中で、最も適切な(実は問題のない胎児が、妊婦の心配が元で中絶されてしまうような、不必要な、あるいは誤った選択に進む心配が少ない)検査であるはずの、NIPTについてのみ、厳しく規制しようとするのはなぜなのでしょうか?妊婦さんたちが混乱しないようにとか、妊婦の不利益につながらないようにとか、格好いいこと言いますが、NIPTを規制することそのものが、妊婦にとって大きな不利益になっているのではないでしょうか。いったい誰が得をするのか。
今回の先送りで、喜んでほくそ笑んでいるのは、学会の認定を受けずに検査を自由に行っている、美容外科などのお医者さんとその周りで商売に関わっている人たちなのではないでしょうか。