マスコミ各社はNIPTの呼び名をこれまでの『新型出生前診断』から『新出生前診断』に変更する事にしたんでしょうか。まあそれはどうでもいいい話ですが、いい加減この『出生前診断』という言葉の誤用をやめてもらいたいものです。
さて、表題の記事ですが、共同通信の配信記事は以下のようなものです。
2019年1月29日 18時20分
妊婦の血液で胎児の染色体異常を調べる「新出生前診断」について、日本産科婦人科学会は29日までに実施施設を拡大する案をまとめた。学会が指定する研修を受けた産婦人科医がいる施設なら検査ができるよう条件を緩和する。倫理委員会での審査を経て、早ければ春にも決定する。ただ案には「妊婦への情報提供やカウンセリングが不十分になる恐れがある」と反対する声もある。
新出生前診断は中絶につながる可能性があるため、学会はカウンセリング体制などの条件を満たした認定施設でのみ実施を容認。年間に約90の認定施設で約1万3千人が検査を受けている。
しかしルールを守らずに検査を提供する民間クリニックに行く人が増えていることや、認定施設にアクセスしづらい地域があるため、日本人類遺伝学会や日本医学会のメンバーが加わった委員会で、適切な検査を提供する施設を増やす議論を昨年から進めていた。
これまでは、出生前診断に関する豊富な知識を持つ産婦人科医と小児科医が常勤し、どちらかは遺伝の専門医の資格を持っていることなどが条件だったが、案ではこうした基準を満たしていなくても検査できる「連携施設」を設ける。
連携施設では、遺伝の専門医の資格は必須ではなく、研修を受けた産婦人科医がいれば実施を認める。従来の条件で認定された施設は「基幹施設」と位置付け、連携施設で検査を受けて染色体異常の可能性があると分かった人は、基幹施設でカウンセリングを受けるようにする。
議論に関わったメンバーからは「検査の説明やカウンセリングなどが産婦人科医のみで可能になるのは問題だ」などとの意見もある。〔共同〕
まあしかしいろいろとツッコミどころがあるものですが、記事に対してというより、この記事になっている委員会での議論の内容がいろいろと問題だと感じます。そしてこの流れに対する批判意見がまたたくさん出るのだろうなと思うと、、、また議論が本質から外れて盛り上がってしまであろう事が心苦しいです。(委員会内部のことはわかりませんので、私たちはこういった記事を参考にする以外にありません。この記事がどこまで信頼できるのかもわからないままで以下の文章を書きます。)
私の知る限りでの大まかな流れは以下のようなものです。
・NIPTが諸外国で実用化する。
・日本でこれを行うにあたり、1999年の二の舞を踏むことのないように、きちんとした体制で進めようという話し合いがはじまる。→ マスコミにもれて大騒ぎになる。
・日本医学会に委員会設置、厳しい施設基準による規制のもとで臨床研究として開始。
・臨床研究がいつ終わるのか、終了後にはどのような体制で行う事になるのかの話が進まない。
・学会の規制の縛りに関係のない産婦人科ではない(たとえば美容外科など)施設が、独自かつ自由に検査の扱いを始める。→ 日本医学会の思惑を離れて一気に広まる。
・なんとかもう少し良い形で供給できるよう話合いを始めているところで上記記事が出る。
という事で、この検査の普及がうまく進まずむしろ歪んだ形で広まってしまっているのは、本来この種の検査を行うべき立場になるはずの産婦人科医が、学会の規制でこの検査に手を出せないでいる状態が続いているからなのですが、なぜそういう事になったのかというと、産婦人科医が信頼されていないからでしょう。誰が信頼していないかというと、主に日常染色体異常児の診療および療育に携わっている人たち(小児科医など)で、彼らから見ると妊婦や産婦人科医が“安易に”中絶を選択していると感じるのです。それで、日本産婦人科学会としては、信頼できる産婦人科医として認められるよう、講習会を受講するというハードルを設けて、きちんとした知識を得た産婦人科医ならそのような安易な姿勢ではないのだということにしたいわけです。ところが、これに反対する人は、産婦人科医だけで決めるのはけしからんというのです。
ここでいう『議論に関わったメンバー』というのは、日本医学会に設置された委員会のメンバーで、日本小児科学会や日本医学会から参加しているメンバーのことを指すようです。
朝日新聞apitalにはこうも書かれています。
出席する学会の関係者は「障害のある子どもや家族と接する機会がない産婦人科医だけで、十分なカウンセリングができるとは思えない」と反対する。別の関係者は「今よりかなり多くの人が検査を受けると、『障害を持つ子を産むことはよくない』という考えが広まりかねない」と危ぶむ。
もう、なんと言いますか、これほど産婦人科医をバカにした話はないですね。信頼ゼロですか。何様のつもりなんだ。そりゃあ私だって、産婦人科医にはいろいろな人がいて、当院を受診される方々から話を聞いていても、それは問題だと思うような対応の医師もたくさんいるのは知ってますよ。でもねえ、曲がりなりにも専門医として妊婦の診療にあたっている医師が、それだけでなく新たに講習受けて知識を深めようとしているんです。「それでも産婦人科医だけでやるのは問題だ。」って、そんなこと言ってて、じゃあ今の産婦人科医でもない、小児科医でもない、なんだかわからない医者が勝手にやっている施設がどんどん検査をやっている状態を続けていけとでもいうのか。
もちろん、障害のある子どもや家族の生活をずっと見続けて、一人一人の個性の素晴らしさや生命の大事さを心に刻んでいることは大事なことだと思いますし、そういう視点を持った医師が必要だということは理解します。でも同時に、「障害のある子どもや家族と接して、思い入れの強さが極端になってしまっている医師が、妊婦に対して中立的なカウンセリングができるとは思えない」のです。そして、多くの人が検査を受けるようになると、『障害を持つ子を産むことはよくない』という考えが広まる??なんでそういう話になるんですか?さっぱり理解できません。日常、妊婦さんたちと接していないからそんなふうに考えるんですよ。多くの人が安心を得て、一部の人が真剣に悩むようになるだけじゃないですか。その真剣に悩む部分に、遺伝カウンセリングがしっかりと対応できることが大事なんじゃないですか。何もわかってないですね。こんなわけのわからないこという人が大事な議論の委員として選ばれているのですか?
しかしですねえ。じゃあ今進んでいる話で良いのかというと、私もなんだこりゃあと思うのです。「基幹施設」とか「連携施設」とか言って、従来の条件で認定された施設が基幹施設ですって!朝日新聞apitalにはこう書かれてもいます。
案では今の認可施設を「基幹施設」と位置づけるほか、新たに検査出来る「連携施設」という区分を設ける。中絶手術ができる資格を持ち、日産婦の研修を受けた産婦人科医がいるなどの条件を満たす分娩施設が対象で、産婦人科医が遺伝専門医の資格を持ってなくてもよい。小児科医の常勤なども必須ではない。
いやもうね、目の前真っ暗ですわ。
中絶手術ができる資格っていうのは、母体保護法指定医のことですね。そして、分娩施設が対象って、、、それで、遺伝専門医の資格がなくてもちょっと講習受ければ良いことにするわけで、日夜真剣にさまざまな出生前検査・診断に取り組んでいる専門施設である私のところは対象外ですか!院長は臨床遺伝専門医指導医で、他にも臨床遺伝専門医が複数勤務していて、認定遺伝カウンセラーが2名在籍している施設でも、分娩やってないとダメなんですか!分娩さえやってれば、1回講習受けただけで良いことになるのに??なんのイジメですか?
そもそもこの話し合いに臨む姿勢が間違っていると思うんです。
これまでの強い規制で認可施設を絞ってきた結果、認可外の施設が増えてしまって、混乱を招くことになってしまった。そうなってしまった反省が全くないのです。
これまでの規制の仕方が間違っていたから、見直しが必要になっているのに、なんの反省もなく、これまでの認可施設を基幹施設になどとシレッと言っているところに問題点があります。まずしっかりと見直すことからやらないとダメでしょう!
そうじゃなくて、『専門施設』と『分娩施設』の枠組みを作って、密接に連携する形をとるべきではないでしょうか。そもそも分娩をやっていないと検査ができないというのは現実的ではありません。分娩を扱っている施設は、分娩で忙しいんです。それでなくても分娩を扱っている医師はたいへんなのに、そこでまた新たなことをはじめて、きっちりやれるんですか?それこそしっかりした遺伝カウンセリングの体制を作ることは困難ではないかと思います。こういう意見、ここで吐いていても日本産科婦人科学会の誰にも響かないんです。どうすればいいんだろう(涙)
ということで、議論している人たちがみんな現場感覚からずれていると感じるのですが、こんなことでは日本で妊娠出産するということが、海外に比べて不自由なことがありすぎて、この国は一体どうなってしまうのだろうという思いです。
最後に、記事の文章そのものについてのツッコミを一つ
“新出生前診断は中絶につながる可能性があるため、学会はカウンセリング体制などの条件を満たした認定施設でのみ実施を容認。”って、よく書いてあるような気がするんですが、中絶につながる可能性があるからカウンセリングが必要って、ちょっと違うんじゃないでしょうか。「中絶は悪」「中絶は命を奪うこと」という刷り込み、そろそろ修正しなければならないんじゃないでしょうか。中絶についての議論こそが、本当にやらなければならないことのようにも思います。