妊婦さん自身にはなくても、周囲にはあるかもしれない“安易な中絶” (2)

出生前検査・診断を専門にしていると、“安易な中絶”と一括りにして語られるものの中に、いろいろな事情があることがわかります。それは個人的な事情だけではなく、制度や社会の問題も含めた、幅広い側面を持っています。

NTが厚いと指摘されたケースを例に考えてみましょう。

NTが厚い、または「胎児の首の後ろにむくみが見られる。」という指摘を受ける方は、結構多くいらっしゃるのではないかと思います。なぜなら日本では、流産や子宮外妊娠の恐れがないかの確認と分娩予定日の決定を目的とした、妊娠初期における胎児の観察はかなり頻繁に行われているからです。そして、妊娠の早い段階ではまだ胎児の体の中身の詳細の観察はそれほどできない(せいぜい心臓が動いているかどうかをみているぐらい)けれども、体の外周部に一見むくみのように見える部分があることは、容易に目につくからです。実際にはNTは、胎児頭臀長が45mm〜84mmの時期(おおまかに妊娠11週から13週ぐらい)に正確な断面で計測すべきなのですが、日本ではこの時期に胎児の観察を行っているところが少なく、これよりももっと小さい胎児をみていることの方が圧倒的に多いです。そのような早い段階における胎児皮下組織の透亮像の評価は定まっていませんので、この時期に気になったとしても、適当な計測を行ったり、不用意な説明をすべきではない(*1)のですが、次の受診機会が通常の妊婦健診とは違うことになる可能性からか、「むくみが見える。」と指摘し、胎児の染色体異常の可能性や次に行うべき検査に言及されることが多いようです。

この時点で妊婦さんたちは、大きな不安に晒されます。なにしろ赤ちゃんを授かる希望に溢れた状況から一気に不安に突き落とされることなります。ここで難しいのは、胎児に異常があるのか、ないのかが、明確ではないことです。そして、より難しいのは、この後検査を行ったからと言って、それが明確になるとは限らないことです。

多くの妊婦さんたちをみてきた経験上、この時点で短絡的に、「異常の可能性があるなら諦めよう。」と考える人はいません。しかし、もしこのまま赤ちゃんが生まれてきたとして、どの程度の問題が残るのか、病気があったとしてそれは治せるのか、普通に生きていけるのか、全くわかりませんので、希望がもてません。それでも、なんとかいちるの望みを持ち続けようという人がほとんどです。

ところが、この時点で既にネガティブな意見をいう人が周りには存在します。それは例えば、妊婦やパートナーの親の場合もあるし、時には医師の場合もあります。妊娠している本人やその夫・パートナーと比べて、医師は完全に他人の立場ですので、私情を挟まずに意見が言えます。それだけにより正確な情報提供が必要です。一方、親(胎児の祖父母)は少し離れた立場ではあるが、自分の子供に降りかかった災難という見方や、ことによっては自分を含めた親族が背負わなければならなくなる問題ということもあって、意見はネガティブな方向に傾きがちな印象があります。

前回記事(妊婦さん自身にはなくても、周囲にはあるかもしれない“安易な中絶” (1) – FMC東京 院長室)にも書いたように、中絶を勧めるようなことを言われるケースが結構多いのだなというのが、こういったケースの相談にのってきた経験から感じることです。それだけではなく、一部の医師は、「中絶するなら早い方が体への負担が少ない。」ということを強調しているようです。考える時間の余裕を与えず、その方が良いのだという話に持っていかれてしまうことが結構あるように感じています。もちろん、胎児が小さいほど分娩が楽なはずだというのはわかります。しかし、満期で成熟した赤ちゃんを産むことと比べたら、妊娠中期の胎児を娩出することは、多少の妊娠週数の違いは、それほど大きな違いではないはずだと私は(これまでの産科医としての経験もふまえて)考えています。

以前に、出生前診断を専門分野としている医師たちの会合で、NT肥厚というだけの理由で人工妊娠中絶をしたというケースが一定数あるという報告があり、この時はこれは大問題だというのが会合の参加者の統一見解でした。ただ、こういう事実があるということは大問題なのですが、ではそうなってしまうのは何が原因なのかという点について、よく検討し、改善しなければならないと思います。妊婦さんたちがわりと簡単に中絶してしまうのはが良くないというのではなく、周囲がそういう方向に持っていってしまうことが問題なのではないか、そこには知識や情報の不足が関係しているのではないかと思うのです。場合によっては医師自身の知識や情報取得能力、あるいは情報提供能力が不足しているのかもしれません。

私たち産科医は、安易な中絶に走ることは良くないと言う前に、自分たちの中に中絶を安易に勧めてしまっている傾向はないのか、もう一度よく自省して、姿勢を改める謙虚さを持たなければならないと考えています。

*1) 中村 靖:35 中途半端なNT(Nuchal Translucency)の計測や説明をするべからず.周産期医学45増刊号 「周産期医学」編集委員会編,東京医学社,東京,115-117,2015