前記事で、遺伝カウンセリングの捉えられ方に関連して、次回記事にすると予告していました。最近、気になった受診者さんの発言もあり、少し整理してみたいと思います。
前記事では、厚労省の専門委員会でまとめられた文書に、「日本産科婦人科学会の指針に定められたような妊婦の不安や悩みに寄り添う適切な遺伝カウンセリングが行われずに」という記載があったことに違和感を持つと書きました。これについて考えていきたいのです。
まあそもそも『カウンセリング』という言葉自体が、いろんな人によっていろんな意味で使われていますので、すごく漠然としてるんですよね。それで、『心理支援』などと訳がつけられたりしますから、そうすると『不安や悩みに寄り添う』ということになるのだと思います。もちろん、カウンセリングの作業の一部として寄り添うことも必要で、『共感的理解』といったような用語で表されています。大事な姿勢ではあるんですね。
しかしですねえ、ただ寄り添うだけでは何の解決にもつながりません。大事な目的として、自己決定に導く作業が必要なんです。来談者の適応能力を信頼し、自らの力で答を出すことを手助けする。ゴールに向かって並走するという感じでしょうか。『遺伝カウンセリング』では、遺伝学的知識を用いて、遺伝に関連する問題に向き合い、自分なりの答を出すことがゴールになります。専門的な知識と技術を必要とするわけです。
一方、『不安や悩みに寄り添う』のであれば、これは遺伝カウンセラーでなくてもできることなんです。だって、専門的知識や技術を必要としませんから。心優しい友人だっていいわけじゃないですか。だからこの、『不安や悩みに寄り添う適切な遺伝カウンセリング』という定義づけが気になるのです。
それでまあ、日本産科婦人科学会の『指針』を読み直してみると、ここでは、遺伝カウンセリングの重要性がこれでもかこれでもかと書かれているんですね。
母体血を用いた出生前遺伝学的検査(NIPT)に関する指針
http://www.jsog.or.jp/news/pdf/NIPT_kaiteishishin.pdf
ここでは、決して不安や悩みに寄り添うということが強調されているわけではなくて、『妊婦の判断を支援する』と書かれているので、違和感はないのです(別の違和感はある。後述)。この専門委員会の報告書、『不安や悩みに寄り添う適切な』なんてあたりまえのこと書かずに、単に『遺伝カウンセリング』としておけばよかったんじゃないですかねえ。何かそういう表現をしたがる人がいるんでしょうね。どこかで聞いたことがあるような気もするし。
「カウンセリングが充実している」学会未認定施設?
もしかすると、この表現には別の思惑があるのかもしれませんね。つまり、『遺伝カウンセリング』という言葉自体がかなり曖昧に用いられていますから、『遺伝カウンセリング』と称していながら、不安や悩みに寄り添っていないような不適切ものが存在しているということを言いたいのかもしれません。そういえば先日、こんなことがありました。
学会の認定を受けずにNIPTを行なっている某美容外科クリニックで、検査を受けたという妊婦さんが来院されたのですが、「数ある未認定NIPT実施クリニックの中で、そのクリニックを選択された理由は何ですか?」とお伺いしたところ、
「カウンセリングが充実していたからです。」
とお答えになったのです。私たちスタッフは、一瞬「???」という感じになりました。カウンセリングが充実?誰がやってるの?
よく聞いてみると、この方が『カウンセリング』とおっしゃっていたものが、いろいろな種類の検査について、検査プランごとに何をどこまで調べているのか(と言ってもその具体的内容や詳細、検査の意義などはきちんと説明できているとは思えない)、料金はどう違うかとか、一通り説明してもらえた。ということのようでした。ああ、これはいかにも美容外科ですね。「どういう方法でどこまで脱毛したら、どのくらいの料金で、今は皆さんこういうのを好まれていますよ。」と言ったような説明。これを『カウンセリング』と言ってやってますよね。妙に納得してしまいました。こういう認識をされる方も、それなりにおられるんでしょうか。そういうことがあるから、専門家の人たちも、『不安や悩みに寄り添う適切な』と言いたくなってしまうのでしょうか。
遺伝カウンセリングをやっていれば良いのか
最近、学会がやたらと「遺伝カウンセリングをきちんと行なうことが大事。」というところを強調するので、学会に認定されていないクリニックも、非常勤産婦人科医を雇ったり、どこかの小児科医とオンライン連携したりして、「うちは専門家が対応しています。」「遺伝カウンセリングを行なっています。」などというポーズをとるようになってきました。もう何でもかんでも『遺伝カウンセリング』になってしまっているようです。
何がどのように行われていれば『遺伝カウンセリング』なのかという明確な規定が示されているわけではない(本当は確実にそれはあるはずなのですが、現場がどうなっているのかについて、第三者が評価する術がない)ので、クリニック側が、「うちでは遺伝カウンセリングをやっています。」と言えば、そうなのかと認められてしまう可能性があるわけです。そこで、『適切な』遺伝カウンセリングという表現が出てくるのでしょう。
それでは認定施設であれば、『適切な』遺伝カウンセリングが実施されているのかというと、私の印象では必ずしもそうでもないのです。当院には、認定施設でNIPT検査を受けたのちに来院される方もおられますが、そう言った方々から伺う話の内容からは、認定施設における遺伝カウンセリングにも施設ごとの違いがあり、そしてその内容は必ずしも『適切』とはいえないようなことも多く、その結果、妊婦さんやご家族が自己決定に至るどころか、憤慨してこられることもあります。担当者の経験や知識が明らかに未熟で、杓子定規な対応しかできていない施設も見受けられます。「きちんとした遺伝カウンセリングが受けられる認定施設で、検査を受けましょう。」などと、よく言ったものだと感じることさえあるのです。
学会認定施設なら『適切な』遺伝カウンセリングなのか
学会は、施設認定する上で、何をもとに適切な遺伝カウンセリングを行うことができるとしているのでしょうか。その適切さの担保としては、専門職が関わっていることとなり、日産婦の指針の記載では、それは『臨床遺伝学の知識を備えた医師』とされています。以下に、指針の冒頭に記載されているこの指針における遺伝カウンセリングという用語の取り扱いについての説明を転記します。
日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」には「遺伝カウンセリングは、情報提供だけではなく、患者・被検者等の自律的選択が可能となるような心理的社会的支援が重要であることから、当該疾患の診療経験が豊富な医師と遺伝カウンセリングに習熟した者が協力し、チーム医療として実施することが望ましい」と記載されている。NIPTに関して考察すれば、産婦人科医、小児科医、遺伝専門医の互いの協力関係が必要不可欠であり、互いの専門性が協調的に機能する体制を構築することで遺伝カウンセリングの本来の目的の「情報提供だけではなく,患者・被検者等の自律的選択が可能となるような心理的社会的支援」が可能になると考えられる。本指針ではそうしたNIPT実施における妊婦の自律的選択のための医療連携体制に基づく遺伝カウンセリングに対してNIPTに関わる「遺伝カウンセリング」という語を用いる。
必ずしも間違いではないのですが、どうも医師偏重な印象があります。指針の中には、検査で陽性が出た場合の遺伝カウンセリングを担うものとして、基幹施設の臨床遺伝専門医を想定しているようなのです。臨床遺伝専門医を尊重していただけることは、一臨床遺伝専門医・指導医としては嬉しいかぎり(それでいて実施施設として認定が受けられないまま今に至っているのは悲しいかぎり)なのですが、ここで認定遺伝カウンセラーはあくまでも医師の補助的立場の位置付けです。この考え方や、認定遺伝カウンセラーや遺伝看護専門看護師の扱われ方に対して、前に記載した『別の違和感』を覚えるのです。
遺伝カウンセリングを行う主体として、医師がその役割を担うことが、最も適切なのでしょうか。私には、いくつかの問題点が存在するように思えます。
まず、医師という立場は、無条件の肯定のもとに共感的理解をしつつ自己決定の手助けをするという遺伝カウンセリングには、向いていない部分があります。なぜなら、医師の本来の仕事は、一定の標準的な診療指針に基づいて方針決定を行うものだからです。医師の立場上、来談者の考えを無条件に受け入れることが困難なことが生じやすいと思われます。
また、医師と患者という関係性では、なかなかフラットな関係性を構築しづらいという側面もあります。相談に訪れる側も、どうしても指示を仰ぐという姿勢になってしまいがちです。
出生前診断の説明を行う場合に、最も難しい点は、検査・診断に関わる直接の対象者が二人いることです。二人とは、妊婦と胎児(将来の新生児)です。通常、産科医は妊婦の診療を行いつつ胎児を見ますが、胎児の出生後を長期的にフォローしていくことはありません。逆に小児科医は、出生後、成長する過程を見続けますが、主体はあくまでもそのお子さんで、母親は育て、見守る役割であって、患者ではありません。この難しさがあるから、上記指針にもチーム医療としての実践が望ましいと書かれているのですが、実際にこの二つの立場を連携させて診療を行うことがどれほどできるでしょうか。できればこういった専門分野の制約のない立場で、妊婦・胎児にも、生まれた後の小児と親にも関わることのできる人員が、遺伝カウンセリングを行う役割を担えるとより良いのではないかと感じられます。だから、おそらく理想的なのは、複数の診療科の間を行き来しつつ関わることのできる立場の、認定遺伝カウンセラーや遺伝看護専門看護師などを養成し、この役割を担ってもらうことだと思います。
しかし、現状では、認定遺伝カウンセラーの数も少なく、地位も確かではない(国家資格ではない)ので、どうしても医師の指導のもとに業務を行うという位置付けで、実際の診療現場でも、あまり主体的に遺伝カウンセリングに参画できる人はいないようです。指導者(多くは医師)の中にも、そういう従属的な役割しか期待していないような考えを持つ人がいたりします。日産婦の先生方の認識もおそらくその程度で、それはこの指針の中の記載を見てもわかります。まるで認定遺伝カウンセラーには、『不安や悩みに寄り添う』ことしか期待されていないように感じられることもあります。
私たちが今後変えていかなければならないのは、こういった医師とは違う立場の専門職を尊重し、有効活用し、対等に議論しつつ、遺伝診療を発展させていくことではないでしょうか。
『適切な』遺伝カウンセリングとはどういうものなのか、実はそれが必要と言っている人たち自身が、明確な答えを持っていないか、もしくは人によって少しずつ違った認識のもとに捉えているかしているように思います。大事だ、必要だ、という前に、何のためにどういうものが必要で大事なのか、目標となるゴールがどこなのか、これらの認識が本当にみんな一致しているのかについて、よく検証し、本当に必要な部分はどの部分で、そうでない部分はどう変更可能なのか、もっとよく考えないと、ただ『遺伝カウンセリング』というものの機会さえ得られれば良いというような体制づくりでは、出生前検査・診断に関して、良い形での普及が進まないのではないかと危惧しています。