日本産科婦人科学会が妊婦さんに呼びかけた「お知らせ」、何が問題か。(1)

 

 前回記事で取り上げました、平成29年8月26日付で出された「お知らせ」、

「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査(NIPT)」を受けることを考えている妊婦さんへ

の問題点について、記載しておきたいと思います。

もう一度、内容のおさらいです。

安心してNIPTを受けていただくためには、①検査の目的は何か?、②どのような妊婦が検査対象となるのか?、③結果をどのように解釈すべきか?、④結果をうけてどのように行動すべきか?、などについて、検査の前後に、遺伝学の知識を持つ専門の医師による遺伝カウンセリングを受ける必要があります。

これは大事なことで、特に現在、非認定施設での検査においては、③④が省略されているために、結果に困惑されて当院に相談に来られる方も散見されます。ただ、この文章の後半、“遺伝学の知識を持つ専門の医師による遺伝カウンセリングを受ける必要があります。”の部分が問題なのです。

当ブログ2016年12月1日の記事(NIPTを行うための指針とは?)にも転記したのですが、この遺伝カウンセリングは、『遺伝に関する専門外来』で行い、『1項で挙げた専門職のすべてが直接関与することが望ましい』とされています。専門職のすべてが直接関与することが現実的なのかという問題もあるのですが、必ず医師が関与すべきということも正しい方針とは思えません。

そも③結果をどのように解釈すべきか?、④結果をうけてどのように行動すべきか?という問題に関しては、最終的には自分自身で判断することが大事だし、それを可能にするための支援の場が遺伝カウンセリングなのですが、これを医師が行うことが本当に適切なのでしょうか。

我が国においては、認定遺伝カウンセラーの数はまだ多くはなく、その中でも臨床現場で活躍の機会を与えられている遺伝カウンセラーの数は少ないという現状があります。このため、臨床遺伝専門医が主体となって遺伝カウンセリングが行われていることが多いようです。ともすれば、認定遺伝カウンセラーがいても、医師の補完的役割しか与えられていないような場合もあるようで、本来は専門的知識をもとに非医師の立場で関わることができる職種であるはずの認定遺伝カウンセラーの役割が軽視され、医師主導で物事が進められています。

それでは、臨床遺伝専門医が質量ともに充実しているのかというと、決してそうではありません。日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会が共同で運営している臨床遺伝専門医制度委員会では、2011年度から2013年度にかけて、専門医の受験資格について暫定制度を実施しました。これは、それまではこのどちらかの学会の3年以上の会員歴や、専門医研修が必要であったところ、それらを免除して各診療科の専門医資格取得後3年を経過した医師に、受験資格を与えたものです。この措置には、これからの医療の世界において遺伝学的知識を持った専門医の存在がより重要になることが考えられることや、上記二学会の会員数増加を目論んでという意味もあったのではないかと思われますが、これによって遺伝カウンセリングに必要な知識や技術が十分ではないことが危惧される専門医が生み出されました。このため、暫定制度合格者のための遺伝カウンセリングロールプレイ研修会というものを、後から作って専門医の知識・技能レベルの底上げを計らなくてはならなくなったのです。

③結果をどのように解釈すべきか?、④結果をうけてどのように行動すべきか?という問題に関して、最終的には自分自身で判断する上で、遺伝カウンセリングの役割は大切です。遺伝カウンセリングを行う者は、自己判断の助けになるべくサポートし、自己決定を尊重しなければなりません。しかし、医師ー受診者関係というものは、往々にしてそういうものにはなり得ません。受診者は、判断を医師に委ねがちになるし、医師は指示する態度になってしまう恐れがあります。こういった点で、非医師である遺伝カウンセラーの役割は重要なのです。

日本産科婦人科学会の「お知らせ」では、遺伝学の知識を持つ専門の医師による遺伝カウンセリングを受ける必要があります。というようにしか書かれていません。遺伝カウンセリングは医師が主体となって行うものであるような表現なのです。もしかすると、日本産科婦人科学会の指導的立場にある先生方は、遺伝カウンセリングを行う中心的役割はやはり医師でないといけないとお考えなのではないかと思われます。遺伝カウンセラーの役割を尊重していないし、遺伝カウンセラーを信頼していないようですし、もしかしたらイフェンカウンセリングというものの本質を理解しておられない可能性すらあるのではないかと思われるのです。

ところが、多くの認定施設で遺伝カウンセリングを行う役割を担っている臨床遺伝専門医は、同時にそのほかの臨床業務において中心的役割を担わなくてはならない立場の医師であることが多く、そうでなくても忙しい産科・婦人科の日常業務の中、遺伝カウンセリングに時間を割かれるのは大変な負担になってしまいます。遺伝カウンセリングを行う役割を医師に求めるのは、無理があるように思えます。そのような状況で、適切な遺伝カウンセリングが本当に行われているのかも疑問です。

分娩を扱う規模の病院で産科と小児科の専門医が揃っていて、そのどちらかが臨床遺伝専門医の資格を持っていれば、NIPTを行うことができるという施設基準のため、遺伝カウンセリングの内容はともかく、臨床遺伝専門医の資格を持った医師を養成することに主眼が置かれている現状だと思われます。

過去記事(NIPTだけを厳しい指針で規制することによって何が起きているのか?(3)-遺伝カウンセリングは免罪符なのか)でも触れていますが、いつも遺伝カウンセリングが大事だと声高に語られているわりには、遺伝カウンセリングが本来あるべき形で行われているとはあまり思えないし、単に通過すべき関門のように扱われている印象が否めないのです。