出生前検査(出生前診断)は、高年齢妊婦だけが対象のものなのか?

NIPTは35歳以上の妊婦が対象!?

 先日相談のあった妊婦さんから伺った話なのですが、その方がおかかりになっている某地域の中核病院では、NIPTは35歳以上の妊婦が対象と言われて、その方は受けることができなかったとおっしゃるので、現時点でもまだそんなことがあるのか?と思って、ちょっと調べてみたら、その病院の出生前検査の案内のところに、以下のような記載がありました。

検査対象となるのは、次の1~5のいずれかに該当する妊婦さんです。

  1. 高年齢の妊婦(分娩予定日において35歳以上)
  2. 母体血清マーカー検査で、胎児が染色体数的異常を有する可能性が示唆された妊婦
  3. 染色体数的異常を有する児を妊娠した既往のある妊婦
  4. 両親のいずれかが均衡型ロバートソン転座を有していて、胎児が13トリソミーまたは21トリソミーとなる可能性が示唆される妊婦
  5. 胎児超音検査で、胎児が染色体数的異常を有する可能性が示唆された妊婦

 ああ、これですか。

 これはですねえ、2012年に公益社団法人日本産科婦人科学会倫理委員会内に設置された、「母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会」が作成し、2013年に公表した「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」に全く同じ記載があるので、そのまま踏襲しているわけです。日本におけるNIPTは、まずこの「指針」に基づいて、限られた施設でスタートしたわけです。

 さて、この後いくつかの委員会での議論を経て、令和4年(2022年)2月に、日本医学会出生前検査認証制度運営委員会から「NIPT 等の出生前検査に関する情報提供及び 施設(医療機関・検査分析機関)認証の指針」が出されたんですが、実はこの検査対象についても、「【2】NIPT の受検が選択肢となる妊婦 」という項目の中で、全く同じ条件が提示されています。しかし、ただ一つ違いがあって、それは何かというと、以下のように但し書きがついたのです。

NIPT が受検の選択肢となる妊婦は、従来本検査の対象となる疾患の発生頻度が高くなる以下の状態である*2。 (この後に上記5項目の記載)

ただし、対象疾患の発生頻度によらず、適切な遺伝カウンセリング*3 を実施しても胎児の染色体数的異常に対する不安が解消されない妊婦については、十分な情報提供や支援を行った上で受検に関する本人の意思決定が尊重されるべきである*4

*2  この状態にある妊婦に必ずしもNIPTを受検する必要性があるわけではない。

*3  連携施設では、不安が解消されない妊婦について、専門性の高い遺伝カウンセリングが必要と判断される場合は、基幹施設と連携する。基幹施設と連携した遺伝カウンセリングについては、IV【2】を参照。

*4 NIPT は、マススクリーニングとして一律に実施されるものではなく選択肢の一つであることを説明し、誘導的ではなく自律的な意思決定を促さなければ ならない。また、母体年齢が低下するほど陽性的中率は低下し、偽陽性例が増える等の検査の限界を十分に説明することが必要である。

 なぜこの但し書きがついたのでしょうか。

 それは要するに、世界的な趨勢を見ても妊婦さんたちのニーズを見ても、そして認証を得ずに検査を行っている施設の台頭状況からも、この検査に年齢制限を設けることが適切ではないのではないかという議論を踏まえて、実質年齢制限を撤廃することになったからなんです。

 しかし、この検査をコントロールする立場の認証制度運営委員会としては、単純に年齢制限を撤廃するという表現をしたくはなくて、なんだか回りくどい言い方をしているわけなのです。できれば検査を安易に受けて欲しくない、本当に受けるべきかどうか熟考せよと言いたいのです。

 まあ要するに検査が普及して欲しくないという委員の本音がそこに隠れているわけです。この委員会の構成メンバーにはそういう考えの人が多いので、その考えの方々の意見を尊重する必要があって、こうなってしまうのでしょう。

 しかし、適切な遺伝カウンセリングを実施しても胎児の染色体数的異常に対する不安が解消されない妊婦などといった表現を使って、またもや妊婦のせいにしているのかと、私などは思ってしまいます。

 そもそも論で言うと、この5項目自体に間違いがあると思います。そして、これのせいで検査を実施する産婦人科医の多くが検査の選択を誤ってしまうことにつながっていると、私は考えています。

「NIPT 等の出生前検査に関する情報提供及び 施設(医療機関・検査分析機関)認証の指針」の問題点

 それでは、どこに間違いがあるのか、以下に説明していきます。

「高年齢の妊婦(分娩予定日において35歳以上)」という文言の問題

 まずこれなんですが、これがあるから「出生前検査/診断は高年齢妊婦が受けるもの」という認識が浸透しているのですね。先日ABEMA Primeに出演した時にも感じたのですが、どうもこの認識・考えが前提にある話しぶりになる人が多い印象を持ちました。でも現場で多くの妊婦さんを見ていると、どの年齢の妊婦さんだって、胎児になんらかの問題が見つかることはあるし、若いから関係ないと思ってほしくないんです。あんまりこの考えが浸透してほくないんです。

 そもそもトリソミーを対象としたスクリーニング検査の歴史を見ても、年齢だけでは決められないから、色々な検査が開発されてきたという経緯があります。

 もともと先進国(出生前検査に関しての)では、染色体の問題(特にトリソミー)を発見するための羊水穿刺を行うべきかどうかを決めるスクリーニング方法として、当初は年齢で決めることにしたんです。なぜなら妊婦の年齢が高いほど、トリソミーが増えることがわかったからです。それで35歳以上の妊婦さんには羊水検査を勧める、34歳以下は勧めないというやり方ではじめた。

 でもこれをやってみたところ、検査あるいは出産によって実際に見つかったトリソミーの赤ちゃんの実数は、35歳以上の妊婦の赤ちゃんと34歳以下の妊婦の赤ちゃんとで同じ数だったのです。これは、妊婦の実数が34歳以下の方が圧倒的に多かったからです。

 年齢だけでスクリーニングする方法は有効ではないということで、より良い方法として編み出されて、改良を加えられてきたのが、NIPT以前のスクリーニングの流れでした。たとえば血清マーカー検査(例:クアトロテスト®)では、妊婦さんの年齢に応じたトリソミーの赤ちゃんが生まれてくる確率に、血清マーカーの数値から割り出された「尤度比(likelihood ratio)」を掛け合わせて新しい確率の数値を算出し、有効なスクリーニングとして機能するカットオフ値を設定するという手法で、羊水穿刺を勧めるか否かを決めることにしたのです。これが1990年代のことです。つまりこの時点ですでに、出生前検査は年齢の高い妊婦が対象という考え方ではなくなっているんですね。

 妊娠初期の「コンバインド検査」も同様で、ここでは超音波検査のデータと血清マーカー検査のデータを使用しています。いずれにしても、もともとの年齢による確率を使用しているため、年齢の高い妊婦ほど「陽性」が出やすいのは同じです。

 NIPTはこれらとは違って、年齢の要素が全く加わっていない検査です。またそれまでの検査とは違って、検出感度がすごく良くて、陽性的中率も確実に高いことが特徴です。ただし、この種の検査で陽性的中率というものは、「事前確率」によって差が出ます。たとえば、もともと数の多いダウン症候群で陽性に出ているほうが、18トリソミーの陽性よりも的中率は高いし、年齢の高い妊婦よりも年齢の低い妊婦のほうが、陽性的中率は低くなります。このこともあって、この検査の開発当時は、スクリーニング検査として信頼度高く使えるのは35歳以上の妊婦というふうに当初は言われていたのですが、その後の検証の結果、今では全年齢が対象になっています。

 年齢によって分けられている部分があるとすれば、それは日本とは違って、この種の検査について妊婦さんの負担を減らすために国が費用負担しているようなところでは、この検査にどれだけのお金を負担するかという判断の中で、検査そのものの対象にするか否かという話ではないのです。

「母体血清マーカー検査で、胎児が染色体数的異常を有する可能性が示唆された妊婦」という文言の問題

 いやこれ、どうなんですかね。

 母体血清マーカー検査もNIPTも同じスクリーニング検査なので、普通はスクリーニングで可能性が示唆されたなら、確定的検査に進むのが常道ですよね。まあしかし、母体血清マーカー検査などというものは、その陽性的中率はかなり低くて偽陽性のすごく多い検査ですから、羊水検査といった侵襲的な検査を受けたくない場合には、NIPTで陰性と確認することができれば、それで安心につながるかもしれません。選択肢にはなり得ますね。

 実際このようなケースは当院でも時々あります。他院で母体血清マーカー検査で「陽性」あるいは「高確率」と言われたということで相談に来られるケースですね。当院では超音波も見た上でどの検査をすべきか決めることもあります。超音波所見がなければNIPT、所見があれば羊水検査、所見によってはそれで判断と言った感じです。

 しかしそもそもNIPTの時代に、母体血清マーカーの選択肢があることの方が変なんですよ。スクリーニング検査としては精度が低い上に判断も難しい検査なのですから。正直一時代前の検査であって、NIPTが普及した国でこれを未だにやっているところなどないです。わが国では、NIPTだけを変に規制するから、このより曖昧な検査が生き残ってしまっているんです。それに、「非確定的検査」などというカテゴリーわけを作って、同列に並べてまるで類似の検査であるかのように説明していることも、混乱を招いて良くないと思いますね。こんな検査やらなくて済むように、もっとNIPTをやれる医療機関を増やした方が良いと思います。

「染色体数的異常を有する児を妊娠した既往のある妊婦」という文言の問題

 これもよくわからないんです。既往があるなら検査対象にしていいとか、はじめてなら検査対象にならないとかっていうの。PGT-Aとかでもそうなんですよ。過去に2回の流産歴があるとかといった適用基準があったりして。前にそういうことがあったなら検査を受けて良いとかって決めてあるのって、なんか変じゃないですか? 次の4はわかるんですけど、この3は何?

「両親のいずれかが均衡型ロバートソン転座を有していて、胎児が13トリソミーまたは21トリソミーとなる可能性が示唆される妊婦」という文言の問題

 これね、わかるって書いたんですけど、でも夫婦のどちらかに転座があったら、次の妊娠ではもうはじめから絨毛検査とか羊水検査にしても良いんじゃないですかね。もちろんNIPTで陰性ならOKとしてもいいんですけど、やはり心配じゃないですかね。スクリーニング検査ってのは、もともとハイリスクな人が対象という検査ではそもそもないと思うんですけどね。

「胎児超音検査で、胎児が染色体数的異常を有する可能性が示唆された妊婦」という文言の問題

 これこそ明らかにおかしいんですよ。超音波検査で染色体異常が示唆されたなら、もう確定的検査した方が良いでしょう。そもそもNIPTでは3種のトリソミーしか対象にしてないんですよ。結果陰性だったら安心できるっていうんですか? 他の染色体の問題があるかもしれないからどっちにしろ確定的検査必要なんじゃないですか?

 この項目があるから、世の中の産婦人科医のなかに、NT肥厚があるからってNIPTを勧める人が結構多いんじゃないですか。これ、大問題ですよ。国際出生前診断学会も、超音波で所見があったらNIPTじゃなくて確定検査しろって声明出してますよ。

 こうやってみてくると、この指針、問題だらけですね。

 検査の歴史や成り立ちについて、よく理解している人が作ったらこうはならなかったんじゃないかと思うぐらいの中身です。これ、見直していかないといけないと感じています。