本来の私の専門である出生前診断に関して、記事にしたいことはいくつかあるのですが、新型コロナウイルスの流行状況と医療の現状が、たいへんなことになってきました。ワクチン接種が多くの医療関係者や行政機関の努力によって進んでいるのですが、最近、接種会場で妊婦さんが接種を勧めないと言われたり、接種してもらえない事態が生じているとの話を耳にし、愕然としています。そこで今回は、ワクチンに関する比較的新しい話題提供をしたいと思います。
接種会場で、妊婦が対象から外されるケースもある!?
驚くべきことに、職域接種では、妊婦が対象から外されるような対応になっているところもあるらしいです。その決定には、医師が関与している可能性があるらしいと聞きます。一般向けの接種会場でも、問診を担当する医師が、接種を推奨しないような発言をしているケースがあるらしく、「妊婦」というだけで薬の投与や特殊な検査は行わないのが無難と考える医師がそれなりの数存在することは以前から感じていましたが、この件に関してもそういうスタンスで対応しているのかと思うと、ほんとうにがっかりします。しっかり論文を読んで勉強しろと言っているわけではなく、ちょっとググれば、学会が出している情報など簡単に入手できて、妊婦にも推奨されていることぐらい医者ならわかってくれよと言いたいのですが、その程度の情報収集もしない医者がいるんですね。ほんとうに医者と言っても玉石混淆ですから要注意です。(まあ反ワクチン反マスクというようなわけのわからないのまでいますから、ワクチン接種に協力しているだけでも良いほうではあるのですが)。
米国では強く推奨
さて、情報です。
米国CDC (Centers for Desease Control and Prevention:疾病予防管理センター) が、2021年8月11日付で、以下の発表を行いました。
www.cdc.gov簡単に内容を抜粋しますと、
・COVID-19ワクチンは、12歳以上の全ての人に推奨される。
・上記には、妊娠中の人、授乳中の人、これから妊娠しようと考えている人、将来妊婦になる可能性のある人を含む。
・妊娠中におけるCOVID-19ワクチン接種の安全性と有効性に関する証拠は、どんどん明確になってきた。これらのデータは、接種することの恩恵が、妊娠中におけるワクチン接種による既知の、あるいは可能性のありそうなどんなリスクをも凌駕するであろうことを示している。
・現時点で、COVID-19ワクチンを含むいかなるワクチンも、女性に対しても男性に対しても不妊につながる問題を起こすことを裏付ける事実は存在しない。
・全般に重症化するリスクはそう高いものではないが、妊娠中の女性がCOVID-19に罹患した場合には、妊娠していない人に比べて、重症化するリスクが上昇することが知られている。重症化とは、入院の必要、集中管理、人工呼吸器やECMOの装着、あるいは死に至る状況を含む。加えて、妊娠中の感染では早産率が高くなり、その他のよくない妊娠転帰につながる懸念もある。
これにひきつづいて、mRNAワクチンでも、ウイルスベクターワクチンでも、さまざまな側面から安全性が確認されているという説明が書き加えられています。
そして、妊娠中の方は、普段のかかりつけ医に相談したいだろうし、そうすることは有用だが、ワクチン接種にあたって事前相談が必ず必要というわけではないし、接種のために特別な文書をもらう必要もない、と記載されています。そして、CDCの推奨は、米国内の産婦人科専門医集団のそれと一致したものである旨の記載があり、これらの団体にもリンクが貼られています。
また、授乳婦に対しては、授乳婦対象の治験データなどがないことより、その安全性や効果、乳児への影響、母乳分泌への影響についてのデータは限定的ではあるとしながらも、そもそもCOVID-19ワクチンは、それ単独では感染症を引き起こすことはできないことと、発症予防効果があることを説明しています。これに加えて、最近のレポートでは、mRNAワクチン接種を受けた人の母乳中には抗体の存在が認めらており、乳児が母乳を介して抗体を獲得できる可能性についても言及しています。
日本でも専門学会はワクチン接種を推奨しています
日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本産婦人科感染症学会は、5月に妊婦さんに向けた、ワクチン接種に関する情報提供の声明「COVID-19 ワクチン接種を考慮する妊婦さんならびに妊娠を希望する方へ」を発表しましたが、ここでは接種のメリットや安全性について説明し接種を推奨していたものの、妊娠12週以前はなるべく避けるようにとの文言や、接種前後に胎児心拍の確認を薦めるなどの内容には、改訂が必要との意見が多くあがっていました。これも、6月17日には、「新型コロナウイルス(メッセンジャーRNA)ワクチンについて」という文書に改訂され、妊娠12週云々の文言が削除されることとなり、妊娠のいかなる時期においても接種を推奨することになっています。リンクは以下↓ (*追記あり)
http://www.jsog.or.jp/news/pdf/20210617_COVID19.pdf
残念ながら、「あらかじめ健診先の医師に接種の相談をしておきましょう。接種して良いと言われていれば、その旨を接種会場の問診医に伝えて、接種を受けてください。」の文言があり、接種前に余計な手順を増やす形になってしまっているのですが、冒頭で記載したように、問診医が産婦人科医でない場合に、誤った判断で接種を受けることができなくなってしまったりするケースが存在していることを考えると、この手順を経て本人が、「かかりつけの産科医から接種して良いと言われている。」と伝えた方が良いと判断されたのかもしれません。このあたりの日米の違いを見ると、米国のお医者さんの方が情報伝達がきちんと行き渡っている印象を受けました。
現在、新型コロナウイルスのワクチン接種を受けるにあたっては、「予診票」というものが配布され、これに記入した内容を問診医が確認することになっていますが、ここにある質問の中に、「現在妊娠している可能性はありますか。または授乳中ですか。」というものがあります。ここが「はい」になっていると、妊婦を扱い慣れていない医師や、学会からの情報に基づいた知識の更新ができていない医師が、間違った対応をしてしまうことがあるのではないかと思います。この質問は全く不要なので、削除した方がスムーズに進むのではないかと思います。
感染したらただごとでは済まない
なにしろ、結論としては、妊娠中に感染したら困ったことになる可能性がありますので、自己防衛の有効な手段として、ぜひ積極的にワクチン接種を受けていただきたいと思います。
妊婦さんが新型コロナ感染者と判明した場合、それまでのかかりつけでは管理できない可能性があります。もし、酸素投与が必要な状態になったら、入院先はどこになるかわかりません。入院できるベッドも実際にあるのか不透明です。住んでいる地域から遠く離れた場所に行かなければならないかもしれません。妊婦さんが酸素不足になったら、当然胎児も酸素不足になって、発育や発達に支障が出ます。コロナ陽性の場合でも重症でなければ、基本的には分娩方針は変える必要はないものの、医療側の安全確保などの理由で、帝王切開になる可能性が高まります。最悪、毋児ともに命を失うこともあり得ます。
今蔓延しているウイルスは、δ株が主流となっており、これまでのものよりも感染力が強くなっている上に、重症化率も高まっています。副反応を必要以上に怖れたり、デマ情報に振り回されて接種の機会を逃すと、無防備な状態で危険な環境に身を置くことになります。
妊婦さんには、COVID-19ワクチンの接種を、強く推奨します。
*追記 2021年8月17日
この記事を書いたのは2021年8月13日ですが、同8月14日付で、日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会、日本産婦人科感染症学会の連名で、「新型コロナウイルス(メッセンジャーRNA)ワクチンについて(第2報)」が発表されました。
リンクは以下↓
http://www.jsog.or.jp/news/pdf/20210814_COVID19_02.pdf
この第2報では、明確に、
「妊婦さんは時期を問わずワクチンを接種することをお勧めします。」
「妊婦の夫またはパートナーの方は、ワクチンを接種することをお願いします。」
と表記されています。
もう一つ大事なのは、最後の文章です。
・予定された2回のワクチンを接種しても、これまでと同様に感染症予防策(適切なマスク使用、手洗い、人込みを避けるなど)は続けてください。
これは言うまでもなく、ワクチン2回接種終了後の方でも「ブレイクスルー感染」が起こることがあり、特にδ株になってからこれが増加していることがわかってきているからですが、以前からほぼ全員がワクチン接種を済ませている医療従事者は、どれほど素晴らしいワクチン(実際今回開発され使用されている新型コロナのワクチンの効果は素晴らしいことがわかっています)であっても、その効果が100%というわけではないことを知っていますので、接種完了後もマスク着用、自粛生活を続けています。ワクチンを接種していれば、万が一感染して重症化するケースはほとんど見られていませんが、やはり感染すると周りの人に波及させる原因となる可能性もありますので、ワクチンが多くの人に行き渡るまでは、これまでどおり感染予防に留意した生活を続けることが大事です。