ずっと注目している厚労省の専門委員会の経過ですが、どうやら今月末を目処に何らかの方向性が示されるとの情報が入ってきています。この情報がいろいろな人たちにも伝わっているようで、マスコミ関係の取材依頼が複数届きました。それで少し考えたことを記載しておこうと思います。
その取材依頼なんですが、『学会の認可を受けていない医療機関でNIPTを受けた結果、陽性判定が出たが、FMC東京クリニックに相談して確定検査を受けた結果、異常のないことが確認された』ケースを紹介してほしいという依頼が重なりました。まあやっぱりこういう話がわかりやすいし、インパクトがあると思われているんでしょうが、今回の話、大事なところはそこなのかな?と少し疑問に思ったのです。
もちろん、認定外検査施設(野良NIPT)の存在とそこでの検査数の急激な増加は、重大な問題の一つではあるのです。学会主導の体制では、これらを管理・制御することができなかったことが、今回国が扱うことに繋がった訳ですから。そして、以前から学会や認定施設の団体は、遺伝カウンセリングが何より大事で、認定外の施設では十分な遺伝カウンセリングが受けられないままに検査が行われている結果、妊婦が混乱に陥る結果につながっていると喧伝してきましたので、そういったこれまで学会が作ってきたストーリーにそのまま乗っかるならば、そういうケース(きちんとした説明がなかったことから混乱に陥ったケース)の実例を示すことが、今ある問題点を明確に示す事例と思われるのでしょう。しかし、そういうきちんと説明しない施設が跋扈しているという問題さえ解決できれば、今ある問題が解決されるわけでは決してないのです。
そもそもなぜ、多くの妊婦さんがそういったダメな施設での検査を選択してしまうことになったのかを考えなくてはなりません。今や、認定外の施設での検査件数が、認定施設での検査件数を上回っているのです。そうなってしまった原因を見つめ直し、自分たちの失敗を認め、解決策を考えないと、ただ単に認定外施設を糾弾して検査を制限する方向に向かうなら、検査を希望する妊婦さんの受け皿が減少し、検査を受ける機会が奪われるのですから、結局、皺寄せは妊婦に行くのです。
新しい方針の最大のインパクトは
今回の専門委員会の議論を経て、最も大きなインパクトは、いろいろな場所でも言われているように、情報提供の方針転換です。具体的には、1999年の厚生省児童家庭局長通知で、医師は「本検査の情報を積極的に知らせる必要はない。」とされていたところを、今回は「全ての妊婦を対象に、情報提供をする方針」に、変更するというのです。私は、これはあたりまえのことだと思っていましたし、やっと全ての妊婦さんが分け隔てなく情報を手にすることができる体制が作られるようになるとポジティブに捉えています。しかし、本当にそううまくいくいでしょうか。
大きな問題は、誰が、どういう情報を、どのような形で提供するのか、です。
たとえば、学会や認定施設の団体が「遺伝カウンセリングが大事だ」と言い続けている一方で、では認定施設ならきちんとした遺伝カウンセリングが受けられるのかというと、その実態は明らかではありません。施設ごとのばらつきはどうしてもあることは耳にしますし、受診者さんから、あまり良い遺伝カウンセリングを受けることができなかったという体験談を聞くこともあります。
そんな中、今後妊婦全員を対象に情報提供をするとして、その一方で、あまり良い検査機会提供者ではないにしろ多くの検査希望者の受け皿となっている認定外野良NIPT施設の検査を制限したなら、妊婦さんたちは一体どこで説明を受けてどこで検査することになるのでしょうか。そのあたりの具体策が示されるのでしょうか。
『女性健康支援センター』が設立され、ここが情報提供の主体となる案が示されています。例えばこのセンターがPCやスマートフォンなどでアクセスできるサイトを作成・管理して、必要な情報提供を適時更新しつつ行い、各産科医療機関ではここへのアクセス方法を案内するという形が現実的だと思いますが、それでは誰がそのサイト内の情報をまとめるのか、疑問点が生じたときに誰かが対応してくれるのか、各医療機関ではサポートしてもらえるのか。ここにはまだ大きな課題が残されています。
情報提供しようとする側と情報を提供される側にズレが生じていないか
検査前遺伝カウンセリングの話題になる時、必ず話題に上るのがダウン症候群を持つ人たちの自然歴や生活実態の情報提供です。日本ダウン症協会は、当事者団体として議論に加わることも多いです。出生前検査の話題になると、ほとんどの人がダウン症候群を思い浮かべることでしょう。もちろん、これは当然と言えばそうで、なぜなら、これまでの出生前検査の歴史は、主にダウン症候群をいかに検出するかがメインテーマだったからです。なぜダウン症候群がメインになるかといえば、まず第一に数が多いこと、そして、出生前診断が容易ではない(普通に妊婦健診している中では見つからない事が多い)ことなどが関係します。そして、比較的症状が軽微で、生存率が高く、社会生活を送る事が可能であることより、妊娠中絶の対象となることへの抵抗感が語られます。かなりの割合の人が、出生前検査・診断といえば、ダウン症候群を見つけて中絶するというイメージに単純につなげがちなのではないでしょうか。
そして、この中絶への抵抗感がいつもメインテーマになり、検査前遺伝カウンセリングの場でダウン症候群の自然歴や生活実態についての情報提供がきちんと行われているかが問われます。近年はこれに18トリソミーが加わりつつあります。では実際に、現在認定施設で行われている遺伝カウンセリングの中で、そういった情報が十分に伝えられているのか、伝える事が可能なのかというと、現実はそう簡単なものではないでしょう。
それでは、出生前検査を受けたいと考える妊婦さんたちはどう考えているでしょうか。ダウン症候群かどうかを知って、そうなら中絶しようと考えて検査を受けるのでしょうか。ある一定の割合でそう考えている人もいるとは思いますが、その主な理由は他の先天性の病気が頭に浮かばないことと、ダウン症候群についてもあまりよく知らなくて、ただただ何らかの障害がある子が生まれてくることを恐れていることです。こういう人を想定して、検査前の遺伝カウンセリングをちゃんとやろうという話が盛り上がるのだろうと思います。しかし、こういうわかりやすい例は実はごく一部だと感じています。
ほとんどの妊婦さんは、何しろ不安なのです。お腹の中の胎児が順調に育っているのか、何らかの問題を抱えていないか、元気に生まれてきて問題なく育ってくれるのか、この社会で生きていけるのか。さまざまな要因があり、漠然とした不安が大きくなります。少しでも安心したいという気持ちが検査を受ける原動力です。このような方々を対象とした場合に、検査前遺伝カウンセリングではどのような情報提供を行うべきなのでしょうか。どのぐらいの時間をどういう情報に割くべきなのか、伝えたい情報はたくさんあって、一人一人にかけることの時間はそう多くはありません。
まずはそもそも何をどのぐらい心配しなければならないのか、心配する問題は一体どのぐらい自分にとって可能性のあることなのか、その心配はどのような検査でどの程度解消されるものなのか。といった情報から整理し理解していく必要があります。
このあたりについて考えを巡らせていると、医療側が遺伝カウンセリングで伝えなければならないと考えていること、障がいのある人たちに関わる当事者団体が伝えてほしいと願っていることと、そしてもう一方の当事者であるこれから出産を控えている妊婦さんたちが欲している情報、本来伝わるべきこととの間には、ズレが生じているように思うのです。専門委員会に参加しているそれぞれの委員同士の間でも、その認識や思惑は統一されていないのではないかと感じます。検査で知ろうとしていること、わかることについての捉え方にも違いがあるように思うのです。この点について、次の記事で考えていきたいと思います。
現場の産科医は変わることができるか
また、情報提供の方針の大転換に対応しなければならないのは、現場の産科医です。産科診療に関わるお医者さんたちは、これまで卒後教育で受けてきた考え方を転換しなければならない状況に直面することになるでしょう。知識を更新するだけでなく、考え方を転換し、態度も改めなければなりません。これはそう容易ではないのではないかと感じます。何しろ20年以上の月日が経っているのです。この間培ってきたやり方を急に変えろということが、果たして可能でしょうか。素早く、上手に対応できるでしょうか。この問題点についても、次の記事で考えたいと思います。
つづく