12月16日水曜日に、NIPT等の出生前検査に関する専門委員会(第3回)が開催されました。ZOOMによるライブ配信があったのですが、私自身は診療業務の合間に見る準備をしていたものの、実際に視聴することができたのは、会議最終盤のもうほとんど「これにて終了します」という時点のわずかな時間のみでしたので、会議内容についての詳細はわかりません。参加者や視聴した人の話をもとに整理していきたいと考えていますが、まずは公開されている資料や、わずかな視聴情報をもとに、意見を述べておきたいと思います。
資料は、厚生労働省のホームページで公開されています。
NIPT等の出生前検査に関する専門委員会(第3回)の資料について
ここにある資料にざっと目を通しましたが、この中の「資料2 出生前検査の適切なあり方や実施体制等に関する論点」が、この委員会設置に至るまでの状況や、前2回の会議で話し合われた内容を整理して、今回の議論を進める上での指標を示したものと考えられます。
この資料、読んでいただくとわかると思いますが、簡潔によくまとめられています。ここで最終的に示された二つの論点は、以下のようなものでした。
論点1:出生前検査に関する妊婦等への情報提供の在り方について
論点2:NIPTの実施施設の認定等の仕組みのあり方について
それぞれの論点について、「検討すべき事項」が示されています。
論点1では、
○平成11年の「母体血清マーカー検査に関する見解(報告)」においては、「医師が妊婦に対して、本検査の情報を積極的に知らせる必要はない。」とされているが、出生前検査を巡る現状を踏まえ、出生前検査に関する妊婦等への情報提供はどうあるべきか。○また、妊婦から本検査の説明の要請があった場合に、配慮すべき事項としてなにが考えられるか。
論点2では、
○NIPTの実施施設の認定等の仕組みについて、どのような在り方が考えられるか。
ということなんですが、まずこの論点設定について考えてみたいと思います。
論点設定はこれで良いのか
たしかに大事な議論ではあるのです。1も2も。
論点1は大きな問題で、この社会で生きていく中で必要な情報というものがいかに公開されて人々に伝えられるのか、教育はいかにあるべきか、という根源的な部分に関するものです。そしてこれは、単に出生前検査に関する事項には留まらない、この社会に存在するさまざまな問題に関連するものでもあります。でもこれ、簡単ではないですよ。皆が納得のいく答は出るのでしょうか。大まかな方向性は出せるとは思いますが、具体案を短期間でまとめることは難しそうに感じます。しかし、時間をかけてでもより良いものにしていくことは必要ですね。
検査実施体制との兼ね合いで考えるなら、実際に検査を扱う立場の医師の基本姿勢をどう規定するかということにつながるように思います。私の考えとしては、平成11年当時の「積極的に知らせる必要はない」というような姿勢ではなくするべきなのはもうあたり前だと思うので、知らせる方法や人と機会について、具体化していく議論が必要でしょう。
そして論点2です。元々はこれがこの委員会の設置につながるきっかけとなった問題だったわけなので、大きな論点の二つ目としたんでしょうけど、その論点設定から考え直すべき部分があるのではないでしょうか。私が視聴できた会議の最終盤でも、兵頭委員(委員会の中で妊婦さん達と日常的に接する現場にいる人はこの人しかいない)が発言していましたが、今日常的に行われている診療の中で、胎児の問題に関する検査は複数あるし、NIPT以外のいろいろな検査は、それこそ全て個々の医師の裁量の元に実施されているのです。そんな中で妊婦さん達が混乱する問題はたくさんあるのに、NIPTに関してだけ認定の仕組みを考えていること自体がおかしいのではないでしょうか。出生前検査全体について認定の仕組みを作るべきなのか、作るべきならばどう整えるのかという原点に戻る必要があるのではないでしょうか。
日常診療の中にある胎児診断
例えば日常的に行われている超音波検査。これはみんな当たり前に受けることとして認識されていると思うし、今や日本の妊婦健診では必ず使用するものになっていて、超音波で胎児を見ない健診などあり得ないと思われているぐらいです。しかし、超音波は本来診断機器であり、検査目的で使用する装置なのであって、健診に使用するものではありません。つまり、日本の妊婦健診の現状は、健診と検査がごっちゃになっていて、超音波をお腹にあててはいるけれども、どこまで胎児を見ているのか、どこまで正確に診断しようとしているのか、まるでわからないままになっているのです。
医者なら皆同じように超音波診断ができると思ったら大間違いです。妊婦の診療を行うためには産婦人科医としての研修が必須ですが、一口に産婦人科医と言っても専門分野はいろいろあるのです。産婦人科医なら妊婦健診ぐらいは皆できますが、妊婦健診イコール胎児超音波検査では全くありません。じゃあ、妊婦健診では何をどこまで見ているのか、何に関しては大丈夫で、何については全くわからないのか、それは見ることができないからなのか、そもそも見ようとはしていないからなのか、現在ある技術では判断ができないものなのか、医師の技術がそのレベルに達していないだけなのか、わからないままになっています。
厄介なのは、妊婦健診(あくまでも“健診”(健康診査))の場であったはずの時間が、突然になんの前触れもなく検査に移行し、思っても見ない宣告を受けるケースがあることです。それも正確さや丁寧さに欠けた形で。もっと厄介なのは、時に正確さにかけた情報をもとに重大な決断を迫られるケースまであることです。
超音波検査に関する問題点は、昨年5月にもこのブログで記事にしました。以下にリンクを貼ります。
NIPTよりも超音波検査を規制した方が良いのではないか? – FMC東京 院長室
現場がわかっている人が議論に加わっているのか
超音波検査以外にも、出生前検査の方法にはさまざまなものがあります。例えば血清マーカー検査や羊水検査・絨毛検査もありますし、MRIやCTといった超音波以外の画像診断法も使用されるケースがあります。もっと細かくいうと、血清マーカー検査には、旧来の妊娠中期における血清マーカー検査(日本ではNIPTが規制されているので、いまだにこれを扱う施設が多く存在する)もあれば、妊娠初期に超音波検査と組み合わせて(コンバインド検査)使用する血清マーカー検査もあります。羊水検査や絨毛検査も、採取した羊水中の細胞や絨毛組織をどのように扱って、どういった検査を行うかは、いろいろあるのです。ただ単純に『染色体検査』と言っても、染色体の何をどういう方法でどこまで調べるのか、ケースによって検討する必要があります(しかしこの点については、遺伝専門医ではない普通の産婦人科医には知識がありません)。
今回の専門委員会が開催されるにあたって、私は、この委員会の名称に『NIPT等の』と、“等”がついていることを評価し、期待していました。やっとNIPT以外のものも含めて出生前検査というものの全体をとらえ、議論が進められるのだなと感じました。しかし、今回示された論点の一つは、NIPTの実施施設の認定を念頭に考えられているようで、正直がっかりしました。
日本における出生前検査に関連した議論の場に、出生前検査全体を俯瞰して捉えることのできる人があまりおられないように思うのです。そもそも平成11年に『見解』が出されて以降、日本ではほとんど出生前検査は行われないできましたし、あまり積極的に行わない姿勢が、日常的に妊婦の診療を行う産婦人科医の中で浸透しました。これが20年前の話です。この時若手だった医師も今やベテランの指導層の医師たちです。指導層が経験のない状態なので、その指導を受けた医師にももちろん経験はないのです。実際に行われてこなかった(とはいえ曖昧な超音波検査に基づくいろいろな判断は、継続的に不正確な形で続いていた)中で、この分野についての情報や経験がないことは、医師以外の職種の人たちも同じなのです。今、議論している人たちの中に、この分野の検査全体を俯瞰しつつ自身の体験も交えて語ることのできる専門家が、果たしてどの程度存在するのか、甚だ疑問です。
現在web開催中の日本産科婦人科遺伝診療学会でも、NIPTに関連するセッションが組まれているようですが、本当に理解している人がきちんと議論できているのか、これから確認したいと思います。この学会は、日本産科婦人科学会が、NIPT実施施設の認定指針を改定するにあたり、一般的な産婦人科医でもある一定の研修を受けることを条件に認定しようという流れの中、研修及び認定試験を請け負う団体となっているので、この学会自体がきちんとしていないと話にならないのですから。
今回の専門委員会は、ここまでの3回、1ヵ月以内のインターバルで開催されてきたところを見ると、可能な限り迅速に結論を出そうという姿勢は見えます。しかし、議論の内容的には、迅速に何らかの結論がまとめられるのかどうか全くの未知数としかいえないように思います。いろいろとデリケートな問題を含みますので、慎重に丁寧に進めルコとの大事さも理解します。しかし一方で、学会の認定を受けずに検査を扱う施設がどんどん増加して、いわば『無法状態』に陥っている現実があります。この状態をなんとかすることを優先しないと、いつまで経っても良い方向に進まないばかりか、どんどん悪い方向に進むことを放置する結果になってしまいます。ここを迅速に解決することが先決ではないかと思うので、議論もまずはここに集中させてほしいです。